夢へいざなう月と猫

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 たぶん、誰にも信じてもらえないと思うけど、ある夜、仕事帰りの終電に乗っていたとき、少し酔っていた私は、向かい側に座っていた男性が黒猫の姿に変わる瞬間を見た。  何て形容すればいいのだろう。私は夢か幻を見ているような気持ちで、彼の輪郭が暗く流れる車窓を背景にどんどん溶けていって、触ったらやわらかそうな、つやつやした漆黒の毛並みに変貌していくのを呆気にとられたように眺めていた。  あれ、今まで人間だったよねって、意識の片隅でそう思ったけれど、まわりを見回してもみんな眠っているか、小さなスマホの画面に夢中になっていて、目撃したのはどうやら私だけのようだった。  私が呆然と、もとは男性だった黒猫を見つめていると、彼はそんな私に気づいたように利発そうに光る目をむけたけど、すぐに興味を失ったようについと首を逸らした。そんな傲慢な態度が、なんだかもう猫そのもので、変身の瞬間を見ていなければ、ふつうに黒猫が電車にまぎれて乗っているだけだと思ってしまっただろう。  たくさんの外灯が流星のように尾をひいていく車窓を、黒猫は思案するように、しばらくのあいだじっと見つめていた。すると、何かを察知したかのようにパッと敏捷な動きで座席から降りたつと、停車したのを見計らって、扉の隙間からすっと出ていった。
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