夢へいざなう月と猫

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 夜の底は、四月でもまだ冷える外気にうっすら包まれていて、酔って熱かった頬が、風に抜けてどんどん冷えていく。どこまで行くんだろうといぶかしんでいると、ひとつの大きな建物にたどり着いた。白くぼんやり浮かぶさまがまるで要塞のよう、と感じた直後に、それが校舎であることが分かって私はうろたえる。  ここって、学校でしょう? 今から学校に行くの? と呼びかけようとしたけれど、黒猫は振り返りもせず先に行ってしまう。私を確かめないけれど、ついてくると分かっているのだろう。しぶしぶ何も訊けないまま、迷いない足取りで進む彼の後ろ姿を、見失わないように追うだけで精一杯だった。  夜の学校なんて入ったことないな、と私は懐かしさよりも得体のしれない怖さを感じて、足がすくみそうになるのをこらえながら歩いた。少し早歩きじゃないと、おいていかれそう。ついておいでって、私に言ったくせに。そんな拗ねるような気持ちになる。深夜の闇のなかで、白い校舎のたたずまいは、まるで誰かの悪夢のなかのよう。  運動場を横切ると、花壇の植え込みや、小さな噴水や、水飲み場や、石のモニュメントまでが私たちが歩いていくのをじっと沈黙して見つめているような、そんな居心地の悪さにおそわれる。『学校の怪談』っていうドラマを私は思いだして、あわてて首を振る。  いったい何に誘われているのだろう。正体を知りたい気持ちと、同時に知りたくない気持ちがあって、恐怖心がこれ以上ふくらまないように黒猫のビロードのような毛並みを一心に見つめて歩いた。  夜の学校なんだもの。きっと誰もいない。誰もいないし、鍵がかかっていて、たぶんどこからもなかに入れない。そう思っていたのに、どういうわけか、庭に面した部屋の引き戸が細く開いていて、まさかなかに入るつもりなの?って問いかける前に、黒猫はすべるように校舎の内側へ吸い込まれていく。ここで立ちどまって取り残されたくない気持ちの方がまさって、私も隙間に入り込むしかなかった。  当直の先生とか、今もいるんだろうか。誰かに見つかったら、なんて言い訳すればいいんだろう。あ、子供がいることにして、忘れ物を取りにきたとかはどうかな(こんな深夜に?)  それとも、本当のことを話せばいいんだろうか。  あの、黒猫が、もともと人間だったんですけど、黒猫に変わってしまって、気になってここまでついてきてしまって(だめだ、頭がおかしいと思われる)
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