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そんなどうしようもないことをぐるぐる考えていたら、冷たいコンクリートの廊下を抜けて、つきあたりの階段を黒猫は登り始めた。
「待って、どこに行くの。何をしに行くの」
耐えられずに、私はほとんど叫ぶように黒猫に問いかける。
黒猫は登りかけた階段の途中で静かに振りむくと、
「思い出を殺しに」
とだけつぶやいた。
見たこともない冷酷な感情が、青い炎のように双眸に宿っていて、私は一瞬何も言えなくなった。それはどういう意味? と訊きたかったけど、黒猫はかまわず先へ行ってしまう。待って、待って、おいていかないで。そう言いながら、私も階段を登った。
夜空には、相変わらず三日月が浮かんでいる。なんだかいやな予感がして、自然とどうしようもなく脈が速まった。足がしびれたように動けなくなりそうで、その理由がまだ分からなかった。この先に行きたくない。急激にそう思って、その恐れを私は知っているような気がした。黒猫の後ろ姿が誰かの背中と重なった気がしたけれど、それは遠い幻のようにどこかへ消えてしまう。
たどり着いた場所はひとつの教室で、○年○組、と書かれたプレートの煤けた色がリアルに胸にせまって、息が苦しくなった。
何かの気配がする。
闇にうごめく影のようなもの。
辺りは暗い薄闇がたちこめていて、ぞわっと全身に鳥肌がたつような、たくさんの視線を感じた。ドアは開いていて、うごめくものの正体を、私は直視することができなかった。でも、目を伏せたままでいたら、あっというまに闇に呑まれそうで、私はおそるおそる目を見開いて、影の姿を見きわめようとする――と、闇の底がまるで抜け落ちるように、かすんだ風景が二重写しになって教室に現れた。
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