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私はたまたま彼の生みだす次元のなかにいて、一緒に夢に取り込まれてしまった。でも、それならなぜ既視感を覚えるのだろう。やわらかそうな黒い毛並みが、誰かの背中と重なるのだろう。彼は、《思い出》の闇を切り拓こうと小さな前脚を伸ばす。もうそこには無数の傷痕があって、彼が何度も光に触れようとしたことが、注視すれば分かるようだった。
彼が闇のなかに、かき消えそうになる。
瞬間、金縛りが解けて、思わず彼の背中を抱きしめていた。
やわらかな毛並みを想像していた私は、実際よりも大きい、その背の確かな温もりに唖然とした。気づいたら彼は黒猫じゃなくなっていて、ひとりの男の人に戻っていた。
闇のなかの光は小さくなって、消えていきそうだけど、それすら悪夢の一部で、彼が生みだした幻想のひとつにすぎない。
その光すら、《思い出》が見せるまやかしにすぎないのだ。そう思うと、影に縛られている彼を救いだしたくて、私は夢中で背中を抱きしめた。
どうしてだろう。たまたま向かいに座っていた人にすぎなかったのに。どうして、彼が闇に消えていこうとするのを、私は見ていられないのだろう。顔を見たいけど、その姿勢のままじっとしていると、すぐ近くでほほ笑む気配がして、私は唐突に彼を思いだした。
彼は――××君だ。
中学のときに同じクラスだった。どうして今まで忘れていたのだろう。両目から透明な涙があふれだして、なぜかとまらなかった。彼も私も、目に見えない悪意のなかにいて、お互いの光を近くで感じながら、そこから抜けだすことができなかった。私はまだずっと幼くて、彼が傷つくのを、ただ見ていることしかできなかった。淡い恋心を、宝物のように胸に抱きしめたまま。
彼はあまりにも、《思い出》に触れすぎていて、その影の残滓がすでに心の中心に巣食っている。その冷たい核を、私の熱で溶かしたいとさえ思ってみたけれど、そうするにはもう時間が足りなかった。ただ抱きしめたときの感触で、彼に受け入れられたことが、信号のように直に伝わって、その気持ちに胸が熱くなる。
きっとこれは神さまが与えてくれた、奇跡のような邂逅の一瞬で、この夢が覚めたら、もう二度と会えないのかもしれない。それとも通勤電車が同じなら、また会えるだろうか。同じ電車に乗る可能性が、少しでもあるのなら。
黒猫になる前の姿を私は知らないけれど、この背が××君で間違いないのなら、過去の痛みを分け合うことができたらいいのにと思う。こんなにも、このときの《思い出》に、名前のない侮蔑に、顔のない嘲笑に囚われているのなら。
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