夢へいざなう月と猫

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 遠い日の憧憬。冷たい教室のなかで、お互いを、唯一存在するかけがえのない光のように思っていたことを。その想いは悪意にさらされて、思いだすたびに軋むような痛みを伴うことを。それなのにずっとずっと大切で、手放すことすらできなかったことを。 「大丈夫」って声をかけることができたらよかったのに。  私はもう《思い出》から離れていて、夢に出てきた弱い瞬きは遠い過去の一部でしかなくて、囚われなくていいということを。黒猫の姿の奥底に、私しか知らない××君がいて、本当に救われたいと思っているのは彼自身であることが、夢のあわいに見えるようだった。  彼は《思い出》の弱い光を手に入れてみたいのだ。  その光と繋がることができれば、本当の彼自身も《思い出》からきっと自由になれる。でも、いつまでも光は届かない。それはあの悪夢が、彼の内から生みだされたもので、だからこそ救いはもたらされないまま、何度も傷つきながら、手を伸ばすことしかできないのだ。  終着駅に着いても、私はボーッと座り込んだままで、見回りに来た駅員の人に不審に思われてしまうほどだった。  そんなぼんやりした気持ちのまま、不意に彼がまだあの夢のなかに取り残されている気がして、そう思うと、いてもたってもいられなくなったけど、そう思ったところでどうしようもなかった。
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