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 そんなランをジッと見つめながら、蔵は言いづらそうに口を開いた。 「お前、もしかして……のか?」 「はぁ!?」 「だって、この証文書いてあることが無茶苦茶だぞ。誤字も多いし、とてもマトモなもんじゃない。こんな子供だましの書類が――」 「うるせぇ! バカにすんじゃねーよ!」  どうやら蔵の指摘は、ランのプライドを傷つけたようだ。  色白の綺麗な顔に朱を走らせて、その切れ長の目で蔵を激しく睨む。  そうして怒りのためか、羞恥の所為か、細かく体を震わせながら口を開く。 「オレは、普通の日本人だ。日本語が読めないわけがないだろう」 「……じゃあ、ここはなんて書いてある?」  蔵は証文の一行を指して、そう訊いてみた。  そこには『借金の返済が滞った場合は健康なの提供、または保証人に全額負担がすることを承知する』という、何とも稚拙な文章が記されていた。  しかしランは、歯切れの悪い口調でボソッとだけ呟く」 「だから、ようするに金を払えって書いてあるんだろう」 「じゃあ、ここは?」  蔵は『保証人』の一文を指差したが、ランはそれを無視して踵を返した。 「あんた、一々うるせーよ」 「おい、どこに行くんだ?」 「……このままバックレたいけど、あいつら逃げたらもっとヒドイことをするから。だから、戻るよ」 「ラン――」  蔵は、なんと声を掛けたらいいのか戸惑う。  多分ランは、平仮名やカタカナは辛うじて読めるが、漢字はほとんど読めていない。  十中八九『文盲(非識字者)』だ。  何でそんな事になったのか、さっき会ったばかりの蔵には分らぬが、字が読めない人間が普通に生きていくことが、どんなに困難なのか想像に難なくない。  借金返済のために身を売ることしか出来ないというランが、なんとも憐れだ。  第一、ランが借金したわけではないのに……。
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