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 大石蔵の人生も、決して明るいものではなかった。  母親は、かつて銀座のクラブでナンバーワンホステスだった事をいつも自慢しているような女だったが、容色の衰えを厚化粧と酒で胡麻化すような自堕落な生活を送り、小学生だった蔵を残して死んだ。  彼女は生前、蔵の父親は実は政治家だったとか、有名な俳優だったとか様々な夢想を口にしていたが、結局誰が父親だったのかは未だに分かっていない。  ホステス時代からずっと男をとっかえひっかえしていたらしいから、それも仕方ないだろう。  そして、小学生だった蔵を引き取るような親戚もいなかったので、蔵はそのまま養護施設へ入所し、高校までそこで育った。  その生い立ちから常にいじめの対象になりがちであったが、蔵がボクシングを始めてからはそんな事も無くなり、逆に周囲からは畏れられる存在となっていった。  体も大きく、ケンカが強い蔵は一目置かれるようにワケである。  やがてプロ試験も難なく合格し、プロボクサーになった蔵は無敵になった。 ――天狗になったと言ってもいい。 “まだお前には荷が重い”  周囲からそう指摘されたにも関わらず、蔵は分不相応な相手とのタイトルマッチに臨んだ。  結果は、ヒドイものだった。  技量も体力も相手の方がずっと格上だった。  蔵が挑戦するには、まだまだ研鑽が必要だったのだ。  しかし、とにかく意地でも負けたくない一心でがむしゃらに拳を振るったところ、蔵のパンチは不運にも相手の後頭部を打ってしまい、即反則を取られた。  そして、事態は更に悪いものとなった。  後頭部を殴られた相手はそのまま病院行きとなり、頭部外傷後遺症と診断されボクサー人生は強制終了になったのだ。  蔵は網膜剥離を負い、相手同様ボクサー人生は幕を閉じた。  それからは、転落の繰り返しだ。
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