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 その男の態度から、蔵たちの訪問は明らかに迷惑だという意思が伝わってきた。  だが蔵は、この糸川法律事務所が日弁連の無戸籍相談センターを担っているとSNSを調べて知っていたので、対応に出た男の襟首をつかんで必死に訴える。 「頼む! 予約なしに押しかけたのは悪かったが、こっちにも事情があるんだ」 「事情?」 「この法律事務所は、無責任な大人の都合で人生を滅茶苦茶にされた、行く当ても無いような奴らの面倒を見てくれてるんだろう? こいつ、字もろくに読めないからヤクザに騙されたり利用されたりして困っているんだ。頼むから、何とかしてやってくれよ!」  このセリフに、ランの頬に朱が走った。  字が読めないことをバカにされたと思ったのか、ムキになって口を開く。 「うっせーんだよ! オレだって字くらい読めるっ」 「……お前、小学生でも読めるような漢字も全然ダメじゃんか。揶揄ったりしないから、正直に言えよ。学校、行ってないんだろう?」  やはり図星だったのだろう。  ランは悔しそうな顔になると、俯いた。  そんな二人のやり取りを無言で見ていた無精ひげの男は、ひとつ溜息をつくと「中に入れ」と顎をしゃくった。 「いやはや、君らのような人って結構多くてね。今月だけで僕の抱える案件は20を超えたよ」 「え? おっさん、事務の人じゃないのか?」 「僕の名前は糸川健一郎。この法律事務所を運営している人間だよ。いっつも国選弁護人ばっかりやってるような貧乏弁護士さ」  自虐ネタを口にするが、弁護士の事情など知らない蔵とランは当然無反応だ。  糸川は「すべったな」と愚痴ると、二人にイスを勧める。 「――で、君たちが依頼したいのはどっちなんだ」 「『どっち』?」 「未就学ということは、無戸籍が原因という事かな? では、家庭裁判所に申立てが必要になって来る。母親が申し立てをするのが一番手っ取り早いのだが」  弁護士の顔になって矢継ぎ早に質問をし始めた糸川に、ランは戸惑ったように言う。 「母親なんて……最後に見たのはオレが7つか8つの時だ。今は何処にいるのか……」
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