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「ごめんなさい…。あなたを悪者にしたいとか…あなたより優れてるとか…そんなこと思ったこともないけど…そんな風な態度に見せてしまったのは…本当にごめんなさい…あなたが夏織のことを思ってくれているのは分かっています。本当にごめんなさい…。」
母親が謝り、それを静かに納得したような表情で小さくため息をつく父親を見て夏織はこの時始めて両親に対して説明がつかない嫌悪感を抱いた。
しかし、体が弱い幼少期を貧しいながらも支えてくれた事実が夏織の嫌悪感を希釈していく。
感情がどうにもまとまらない夏織を立ったままの父親がまた責め立て始めた。
しかし、先刻とは違い比較的穏やかな言い方だ。
「夏織、まず始めに答えてくれ。今は何時だ?」
「…うぅ…し、し…7時10分で…すぅ…ウッ…」
夏織は泣き出してしまった。
夏織の凛とした顔立ちが、くしゃりと崩れていく。
「泣かなくてもいいんだ。夏織、お前が帰ってきたのは何時だ?」
「…7時…少し…前…ウッ…です…。」
「お父さんとお母さんとの約束は何時までに家に居ることになっていた?」
「6時半…で…す…ウッウッ…うぅ…」
「なぜ守れなかった?正直に答えてくれ。」
「…し…かった…から…です…」
「…?ん?何だ?ちゃんと教えてほしい。」
希釈されたとはいえ、芽生え始めた嫌悪感は確実に夏織の心を汚染し始めている。
その汚染は父親のわざとらしい優しさをまとった話し方が起爆剤になり、爆発的に広がっていく。
「…。」
夏織は黙り込み、なんとかその汚染を食い止めようとしていたが父親にその心の内など分かるはずがない。
「答えてくれないのか?ちゃんと話をしてくれないのか?」
「ギッ…」
夏織は歯を食いしばった。
その仕草を父親は反抗的と読み取ってしまったらしく表情がみるみると鬼の形相に変わっていく。
「か、夏織…」
ぷるぷると怒りに震えた父親は夏織の名を呼び、夏織に近付いた。
それに気が付いた夏織はあまりの恐怖に、仰け反り、椅子から落ちて尻もちを着いてしまった。
「ヒ…」
夏織は尻もちを着いたまま一度息を吸い込むと、おぞましい悲鳴を上げた。
「ヒギャアアアアアアアアイイイイィ!!」
「…!夏織!?」
「夏織!!」
両親がパニックを起こした夏織に駆け寄るが、夏織は両手を前に出し、勢いよく振り回してそれを拒絶した。
「いやっ!いやっ!いやァァァ!!こ、来ないで!駄目!!来ないでェェェェ!!」
「夏織!落ち着きなさいっ!!大丈夫だから!」
母親が抱き締めようとするが、一度崩壊を始めた夏織の心は完全に拒絶している。
母親を押し退けた父親は何とか夏織を押さえ込もうとするが夏織は耳をつんざく悲鳴を上げて、そのまま失禁した。
「アアアアア〜!!ヒィィ!!アッアッ!アアアアアアア!」
夏織の力無く開かれた両足の間から黄色い液体がいびつな扇形に広がっていく。
それを見た父親は、勢いよく振り回す夏織の両手を全力で掴み、押さえ込んだ。
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