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「それ…言って良かったの?私に。」
時は戻り、夏織が通う高校の武道場裏で紗耶虎はコンパクトミラーを畳みながら夏織に詰め寄った。
話しながら髪を直していたのか、夏織のトレードマークであるエルフ風のヘアスタイルはすっかり綺麗にまとまっている。
「紗耶虎はどちらにしろ知ってしまったわけだしね。」
「エンジェル・ストライクって結局何なんだろうね。」
「さぁね、名前はカッコいいけど…。ね、止めよ?この話。」
夏織はニッと笑い、立ち上がった。
母親の尋常ではない様子を思い出し、エンジェル・ストライクの名を学校という不特定多数人間が存在する場所で話をすることに恐怖したのだ。
紗耶虎は素直に頷いたが、気持ちは落ち着いていない様子だ。
「い、行こうか、夏織。」
「うん、色々ごめんね?大好き!」
夏織は目を三日月形にして紗耶虎に微笑んだ。
「大好きか…かなわんなぁ。まったく…」
紗耶虎は冗談めいたように言った。
「ンッフフフ。紗耶虎と秘密の共有、何か嬉しいね。」
夏織はそう言い終えると、まだ座っている紗耶虎の顔を覗いた。
「紗耶虎…?」
紗耶虎の顔色は悪い。
そして険しい。
何かを恨むような、何かを蔑むような顔だ。
夏織の視線に気が付いた紗耶虎は、何かを振り払うように立ち上がった。
一度下を見て、ゆっくりゆっくりと顔を上げていく紗耶虎に夏織は目を奪われた。
紗耶虎のその仕草が不気味なほど美しく見えた。
全身に寒気を覚えながらも紗耶虎から目が離せない夏織は一秒、また一秒と紗耶虎の顔が正面を向くのを待った。
紗耶虎がようやく正面を向いた時、夏織は安堵の表情を浮かべた。
いつもの紗耶虎だ。
「ね、何がかなわんなぁなの?」
安心した夏織は紗耶虎に聞いた。
「分かんないのぉ?夏織は勉強できるけど頭は悪いのね。フフフ、ばぁか。」
「学年トップクラスの成績を誇るあたしによくもまぁ…頭は悪い…?おまけに馬鹿ですって?」
わなわなとする夏織を置いて、紗耶虎は走ってその場からいなくなった。
夏織があっけに取られていると、紗耶虎は数十m先で立ち止まった。
「夏織!トップクラスでしょ!?トップじゃないんでしょ!?トップじゃなきゃどんぐりの背比べだよ!!つまり夏織も私も同じ…ばぁかってことだよ!!」
夏織に背を向けたまま紗耶虎は叫んだ。
怒りなのか悲しみなのか、本気なのか冗談なのか判断が付かない。
「そんなのトップの人が言う事でしょ!?この馬鹿ぁ!!」
夏織が言い返すと紗耶虎一度振り返り、微笑んだ。
そして紗耶虎はまた走り始めた。
紗耶虎の感情を読み取った夏織は安心した。
夏織は紗耶虎に向かって走り始めた。
そして夏織は走りながら呟いた。
「ならトップになってやるよ!」
紗耶虎も走りながら呟いていた。
「トップじゃなきゃね…駄目な世界もあるのよ…夏織…」
二章 「黄金の刃」〜完〜
三章 「それでも私は」へ続く
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