一章〜御城家

2/8
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
夏織は歯磨きをしながら洗面鏡に映る自分の姿を見つめた。 シンプルな白い長袖のYシャツに首元には黄土色のリボン、膝下5cm程スカート、長めの白いソックスという上品な出で立ちだ。 シャコシャコと小気味よい音を響かせて歯磨きを進める夏織は顔を斜めにしてみた。 横から後ろにかけて施されたエルフのような三つ編みのほつれをチェックした。 もう片方のチェックを終えると、口をすすぎ、薄い桃色付きのリップクリームを丁寧に塗った。 はぁと小さくため息をついた夏織は一度下を向いた。 自分の胸元を見るように目を伏せている。 「行かなきゃ。あたしが、あたしがしっかりしないとね。悩んでなんかいられない。行こう!」 夏織は前を向き直して、無理矢理口角を上げるようなわざとらしい笑顔を作った。 夏織は、自分が作った偽物の笑顔を確認すると、ダイニングへドタドタと走って弁当を持ち手が長めのスクールバッグに入れ、それを肩に掛けた。 「行ってくるね!」 「行って…らっしゃい…」 母親の小さな返事を聞いた夏織は、まるで自分自身を納得させるように大きく頷いた。 そして走って玄関へ行き、慌ただしく黒い革靴を履いて玄関を乱暴に開いた。 「ィヨシッ!行くぞ!」 夏織は小走りで家を出た。 夏織の家は最寄りの駅まで徒歩で十分かからない程度という非常に好条件な物件だ。 自転車で行けば半分以下の時間で駅までたどり着けるのだが、ヘルメットを被ることでバッチリとセットしたエルフ風ヘアーが乱れることを嫌っているのと、ダイエットを兼ねてというなんとも女子らしい理由で徒歩で駅まで行っているのだ。 駅まで夏織の健脚を以てすればあっという間にたどり着く。 夏織は肩に掛けたスクールバッグからスマートフォンを取り出し、改札口の読み取り装置にかざしてホームへ下りた。 夏織は混み合う電車を嫌う。 だからいつも一本早い電車で高校の最寄り駅へ向かう。 いつも夏織が乗るのは7時40分の電車だ。 学生は少ないが、働きに出る大人はそれなりに多い。 『皆んな大変な思いしてんだよね。大人も子どももね。』 夏織は周りの人間を見回した。 大体顔ぶれは同じだ。 『でもさ、それに早く気が付いて良かったかもしれないな。あたし幸せかもしれないね。あの人もあの人も皆んな大変。あたしだけじゃない。そう考えてたらさ、何だか周りは仲間ばっかりな気がするよ。』 夏織は一人の冴えないスーツ姿の中年サラリーマンと目が合った。 『この人も大変なんだよ。いっつも朝会うけど毎日大変だよね?あたしも大変なんだ。仲間だね。お疲れ様。』 夏織はその中年サラリーマンに対してほんの僅かに微笑んだ。 中年サラリーマンは一瞬ぎょっとしたが、すぐにでれっと顔を綻ばせて微笑み返した。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!