8人が本棚に入れています
本棚に追加
【完結編】朱き曼珠沙華の呪術師と白雪の巫女の旅路
あれから少しして、曼珠と咲弥は、都にいられなくなり、播磨の国に旅立つことになった。
紅葉の綺麗な、山道をわずかな手荷物を持って、二人は竹筒の水筒から水を飲みながら歩いて行く。
小鳥達のさえずりが聴こえる、木々の間からは柔らかな木漏れ日が差し込んでいる。
「咲弥、疲れてないか?」
曼珠は優しく聴きながら、咲弥の右手を取り、指を絡めて手を繋いで来た。
「ええ、大丈夫よ。曼珠、それより…あんなことがあった後で無理していない?」
すると、彼は小刻みに震えながらうつむき、暗い表情になる。以前より少し、やつれたように見えた。
「そうだな、いくら無意識だったとはいえ、俺が屋敷ごと焼き払ってしまったんだから…。」
そんな、曼珠を心配そうに見つめる咲弥、彼女は微笑を浮かべるとこう、言った。
「今日は良く歩いたわね、疲れたでしょう?この辺で休みましょうか。」
「ああ、俺はたきぎになりそうな小枝と木の実を集めて来る、ここで休んでいてくれ」
「ありがとう、曼珠。」
咲弥は、ちょうど良い切り株に腰かけると、曼珠を待った。
辺りは、夕暮れ時になり、薄暗くなっていた。
木々がざわつき、獣や鳥達の鳴き声が聴こえて来る。
歩き巫女として、旅慣れている咲弥だが、いつ襲ってくるか分からない山の生き物や山の霊達の恐ろしさだけは、いつまで経っても、慣れなかった。
「お願い曼珠、早く帰って来て…!」
咲弥は手を合わせて祈った。
その刹那、黒い影のようなものが咲弥の背後に忍び寄り、彼女に覆いかぶさった。
「きゃああっっ!!」
咲弥は悲鳴を上げ、そのまま倒れ伏してしまった。
しばらくして、咲弥がいる場所に曼珠が帰って来ると、咲弥が倒れていた。
「咲弥、どうした…!?」
ショックで、小枝を落とした彼は血相を変えて、駆け寄り咲弥を抱き起す。
咲弥は、曼珠に声を掛けられているうちに気が付き、目を開いて彼を見た。
「良かった、咲弥。大丈夫か?どこか悪いんじゃ…」
「――ええ、大丈夫よ。曼珠、でも、私一人で寂しかったの…」
「そうか、ごめん。一人にして」
咲弥は曼珠の首に腕を回して来た。
「熱い、熱いの、曼珠。貴方のせいで…」
「何を言ってるんだ?咲弥、もしかして熱でもあるのか」
「抱いてよ、優しくて…。熱いのよ」
咲弥は曼珠の唇を奪い、彼の胸を左手でわしづかみにして来た。
「咲…弥?お前、咲弥じゃないな!?咲弥の体内に何者かが、入り込んでいる」
曼珠は、咲弥の体を自分から、引き離し間合いを取った。
咲弥の姿をした怪しい女が、高笑いをする。
『ほほほ、オーホホホッ!察しの通り、わらわはお前に殺された、玉姫じゃ!このまま、生かして逃がしはしない、わらわと共に地獄で夫婦となるのじゃッ!のぅ、愛しき曼珠沙華の呪術師よ』
何と、咲弥の体を乗っ取ったのはあの玉姫だった。
玉姫は死した後も、成仏出来ず、曼珠を追いかけて来たのだった。
「お願いだ、咎人の俺の魂は持って行って構わない、けれど。咲弥は返してやってくれ。」
『お前が身代わりになると…?』
「そうだ、俺に乗り移れ…。玉姫」
曼珠は、胸を拳でドンと叩いて、うなずいた。
『ほほほ、わらわがそれで、許すとでも?お前の手でこの小娘を殺すのじゃ』
「やはり…な、そんな事だろうと思った…だから、お前にはこれをくれてやる…」
曼珠は手を合わせ、経を唱え始めた。
「安らかに成仏せよ、玉姫」
しかし、玉姫は経を聴いても平然としている。
「なっ、俺の経が効かない…!」
愕然とする曼珠に余裕の笑みを浮かべる玉姫。
『ほほほ…わらわをただの霊だと思うておるのか!』
何と、玉姫は悪霊と化し、経が効かなくなっていた。
「俺のせいで悪霊に…すまん、玉姫」
曼珠は玉姫に同情して、震えながらうつむき、力なく、膝から崩れ落ちた。
万事休すかとそう思った時、咲弥が、玉姫の意識を押し戻して意識を取り戻した。
「駄目よ、曼珠!立って、玉姫を天に返すのよ!」
『ぐっ、出て来るなァ!小娘えええっっっ!!』
「咲弥、意識が戻ったのか!」
「今は、なんとか抑え込んでいる状態よ!早く、唱えて、私も手伝うから!今度は、鬼子母神様の御力をお借りするのよ」
「解った!力を貸してくれ、咲弥」
曼珠と咲弥は、同時に詞梨帝母真言を唱え始めた。
「「オン・ドドマリ・ギャキテイ・ソワカ」」
『きゃああっっ!苦しい、たまらぬ!止めてくれええ』
真言を加速させて行く、曼珠と咲弥、すると、玉姫が咲弥の体からずるりと這い出て来た。
天へ昇るのかと思いきや、地から、長い無数の白い腕が伸びてきて玉姫を、地獄へと引きずりこもうとしている。
玉姫はこれまで、罪を犯し過ぎていて、天へは昇れない罪人であった。
『ギャア!助けて、助けるのじゃ、曼珠!畜生、こうなったら憎きあの女、もろとも地獄へ落ちてやるぅううう!!!』
玉姫は、咲弥を道連れにしようと手を伸ばした。
だが、曼珠が咲弥を庇って胸を鋭い、爪で引っかかれる。
痛みで顔を一瞬、歪めたが、憤怒の表情で玉姫をギッと睨む、その顔はまるで不動明王のようだった。
「一度、ならず二度までも俺の咲弥を、殺させないッ!俺は、死んでもお前を許さない。先に地獄で待ってろ、玉姫!!!」
「火解呪、曼珠沙華!!!」
曼珠の周りに朱と雪のような白き、曼珠沙華が咲き乱れ、美しく揺らめく…。
その花々の姿は、この平安を強く生き抜く曼珠と咲弥の姿に似ていた。
ズオッ!!!
『ぎゃあああ!曼珠、わらわの愛しい曼珠―――!!!』
白銀の炎は、玉姫を呑み込み、白い腕に引きずり込まれながら、地獄の底へと落ちて行った。
+◇+◇+
「曼珠…あなた独りで、地獄に逝かせないわ。あなたの側には、いつも私がいるからね」
咲弥が曼珠の肩にそっと寄りかかる。
「咲弥…。君には、同じ処へ来て欲しくないのに苦労を掛けるな」
切なげに彼女を抱く、曼珠。
「夫婦じゃないの、私はあなたの妻よ」
その時、咲弥は急に吐き気をもよおした。
「うっ…」
「咲弥…どうした」
曼珠の眼には、咲弥のお腹の中に命が宿っているのが見えた。
「――咲弥、腹の中に子が」
「そうなの…何だか、ひとりじゃない気がしていて、お腹に曼珠とのやや子がいたのね。」
「これは、簡単には死ねないな!この子と咲弥の為にも」
「ええ、この子だけは立派に育てなければね」
+◇+◇+◇+
曼珠は、咲弥のお腹をさすりながら、ふたり寄りそった。
生きる希望が湧いた曼珠は、咲弥をおぶいながら旅を続け、しばらくしてたどり着いた、播州播磨の地で人々は二人を温かく迎え入れてくれた。
曼珠沙華の呪術師の伝承は、今でも、十二天、火天の生まれ変わりとしてこの地に残っていると言う。
<完>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後までお読み頂いてありがとうございます。
最初のコメントを投稿しよう!