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その女性は今まで見たこともないほど美しかった──。
「うふふ、そんなことがあったの。よかったわねぇ。え? あなたは嫌なことがあったの? 聞かせてくれる?」
月明かりに照らされた湖のほとりで小動物と語らうその姿は女神のようだった。
青く輝く瞳にさらさらの黒い髪。
透き通った白い肌、聞き惚れてしまう甘い声。
「まあ、悪い子ねぇ。そんなことしたら、メッ! ですよ」
まるで本当に小動物と会話をしているかのようだった。
「ほら、泣かないで。木の実をあげるから」
慈愛の神というものがいたら、きっとこんな姿をしているに違いない。
小動物と語らう彼女はどこまでも美しく───そして神秘的だった。
「うふふ、元気出た? よかった」
「あ、あの……」
声をかけた瞬間、しまったと思った。
僕の声に彼女のまわりにいた小動物たちが一斉に逃げて行ったからだ。
そして当の本人は驚いた表情で僕を見つめていた。
ヤバいと思った。
声をかけるべきではなかった。
僕はとっさに謝った。
「す、すいません。驚かせるつもりはなかったんですが……」
その女性はシルクのローブを身にまとっていた。
上品な雰囲気といい、気品漂う仕草といい、まるで上流階級の貴族のようだった。
まさか王族とまではいかないだろうが、町のしがない服職人である僕が話しかけていい相手ではなかったかもしれない。
「………」
しかし女性は驚いたまま僕をじっと見つめていた。
少なくとも「不敬なヤツ」と罵られることはなかった。
僕はホッとして一歩踏み出した。
するとそれに呼応して彼女も一歩下がった。
完全に警戒されている。
当然だ。
今の僕は完全に不審人物なのだから。
僕はなるべく穏やかな声で言った。
「ごめんなさい。あなたの姿があまりにも綺麗だったものだから、思わず声をかけてしまいました」
女性は僕の言葉に目を丸くすると、やがて顔を真っ赤に染めてボンッとその姿を消した。
そう、比喩でもなんでもなく完全にその場から消えたのだ。
僕はただただ茫然と、彼女がさっきまでいた場所を見つめていた。
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