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 着ぐるみから首だけ出している牧村といつきは、ガーデンのカフェコーナーで向かいあって座っていた。オレンジ色のドレスの女性は、ドレスがふくらみ過ぎていて、屋内に入れず、オープンテラスで休んでいる。早苗はドレスが気に入ったらしく、女性と話が弾んでいた。 「先輩のユーチューブの撮影だったんですね。心臓止まるかと思いましたよ」  いつきは言葉を選んで話し出した。いつもは饒舌な、牧村“テディベア”先輩が、こちらを見つめるだけで、一言も発しない。  牧村は、いつきの大学時代のサークルの先輩で、卒業後地元の大メーカーにめでたく就職できたのを辞めて、ユーチューバーになった。それだけでも変わっているが、サークルでサイコパス先輩と呼ばれたぐらい、人の気持ちを忖度しない人でもある。 「あの……ドレスの人は、モデルさん?」  いつきがおずおずと訊ねると、 「ユーチューブ、儲かるんだよ」 「は?」 「前橋、会社を辞めて、俺と一緒にユーチューブをやらないか?」  牧村のさまよっていた視線がはじめて、いつきに真正面から向かった。表情が硬い。この人、珍しく真剣なんだ、といつきは理解した。 「彼女と」  牧村は、外のドレスを指さし、 「彼女とコラボ動画をやったら、動画がバズってチャンネル登録者数が一万人超えたんだよ。俺は気づいたね。俺の狙いは悪くない。ただテディベアのキャラだけじゃ視聴者へのアピールが弱いんだ。若い女性キャラがいないとダメなんだ。だから前橋に来てほしい」 「どうしてボクに? 彼女とやればいいじゃないですか?」 「彼女はタレントだ。地元企業のCMやイベント、広告の仕事を抱えているから、俺の動画に出る回数は限られている。俺の“テディベアちゃんねる”の顔の一つにはなれても、メインにはなれない。もっと動画を上げていきたい。伝えたい。訴えたい。面白い企画があるのに全然足りないんだ」 「ボクはタレントさんの代わりですか?」 「お前は彼女と違うキャラで、動画の顔になれる。大学時代のサークルの時から思っていた。独特の主役感がある、って」 「買い被りです! ボクはオタクだし」 「それも今じゃフックよ」
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