1/1
前へ
/15ページ
次へ

 牧村は、テーブルに両肘をついて身を乗り出した。 「前橋、アカツキにまだいる気か? いつ辞めるんだ」 「それは……」 「わかっているだろう。アカツキ製薬はもうおしまいだ。倒産が近いって、言われている。みんな逃げ出して、退職者が続出しているじゃないか。残っている社員たちも帰休が続いて働けない。給料も減らされて生活が苦しい。それでも会社にいる意味があるか?」  《天びん秤》さんを見つけたい。でも。 「会社なんてクソだ。メーカーはクソだ。あそこにいたら、お前の個性は死んでしまう。俺のところに来い。自由にやれるぞ。お前の考えや個性を活かしたチャンネルを作って、もっとアクセスを増やして収益も上げるんだ。これはマジで言ってる。お前が必要だ。真剣に考えてくれ」 「話、まだ?」  外のテラスから、ドレスのタレントが声をかけてきた。 「撮影しないと、わたし次の仕事あるし」 「わかった。じゃあ前橋、頼んだぞ」  熊の着ぐるみと入れ替えに、ひきつった表情の早苗が入ってきた。 「いつき、あの人とユーチューブするの? 会社辞めないよね」  早苗の目が吊り上がっている。 「ユーチューバーにはならないけど……アカツキ製薬は辞めようか、と思っている」  え、の形に口を開いたまま、早苗は固まってしまった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加