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「早苗、いいよ、いいよ。マスク取って、こっち見てー」  喋りながら、前橋いつきはスマホを構えて、薔薇の花に鼻を近づけている太田早苗の写真をバシャバシャ撮っていく。早苗は、胸に薔薇のコサージュをつけたクリーム色のワンピースを着ていた。薔薇園の中ですっと背筋を伸ばして立つ姿は、ファッション雑誌の写真そのままだ。 「いいよ、お嬢さん、ちょっと俯いてから、カメラ目線ちょうだい」  おじさんみたい。早苗が吹きだす。その顔もかわいい。  日曜の午後、早苗のおすすめのガーデンに来ていた。薔薇の季節になると、早苗は必ず見に来るそうだ。早苗が薔薇を愛でるのが似合いすぎていて、美しい。こんな早苗を見たら、会社の男たちノックアウトだろうな。  爽やかな風が吹いている。光が眩しい。ガーデンは山の中にある。木洩れ日が落ちてくる坂を下りると、砂利を踏む足音が鳴った。 「今日、一番かわいい服着てきたんだ。最近会社でいつきの顔を見ていないから、気合入れてきた!」  薔薇の前でポーズを決めながら、早苗が言う。はしゃぎながら西洋風の花壇に入ると、同心円状の花壇の中心に、薔薇で包まれたアーチがあって、鐘が下がっていた。 「あの鐘、一緒に鳴らそう!」  テンションが上がった早苗が叫んだ。 「あれはカップルが鳴らす奴じゃないの」 「いつきとなら、いいよ!」  そう言うや早苗は大笑いした。 「いつき、男よりカッコいい! ところで、話したいことって何?」 「それは……」  いつきの顔が急に陰った。話さなくてはならないが、言いづらい。 「えーと」  いつきが重い口を開こうとした時、ワーイ! という歓声が坂の上で上がった。高い声に思わず振り向いた。
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