兎小屋

2/10
前へ
/40ページ
次へ
 夕方までの聞き込みが空振りに終わり、そろそろ明日の品川署との合流に向けた準備をするところだった律子に斬九郎から連絡が入る。  曰く、これから勉から聞き出したバーに押し入るにあたっての後詰めに参加してほしいという。  本当ならば小太刀の少女と実際に対峙した者として二人にもカチコミしてほしいそうだが、律子は戦闘能力皆無、甫は未成年なので場所がバーでは行くべきではないということで、待機班に回すという。  二人とも二つ返事で了承し、急ぎ早で向った先は奇しくも秘窟とはご近所にあるゲーニッツという店。  洋酒と北欧仕込みのツマミが売りな洒落たバーである。  だが── 「空振りか」  期待していたからこそ大きな落胆に斬九郎は怒りをつのらせてしまった。  小太刀の少女ことアマミヤはご丁寧に置き手紙を残しており、それによると「マスターは無関係。もう二度と来ない」という。  店主に訊ねても須賀勉のことは覚えていたが、彼と取引をしていた相手については憶え無し。  手紙を信じる限りこの店を使っていたのは偶然らしい。 「すまなかったな。明日は品川だ。今日はもう帰れ」  律子らはあくまで協力者であり、明日は銀時の指揮下に入るので自分に付き合わせるのはここまでか。  結局、研修は半端になってしまったなと思いながら、無駄足を踏ませたことを謝りつつ家に返す。  そのまま斬九郎も仮眠に入り連日の疲れで少し深い眠りについていた頃、件の少女は仲間と合流していた。 「ゲーニッツに置き手紙をしてきたそうだな。相変わらず優しいこと」  そう少女に語りかけたのはドクターこと毒田凛人(どくた りひと)というアラフィフらしい口ひげの男性。  兎小屋では古株の一人で、妖刀に憧れるだけの子供だった須賀勉を浪人の道に引きずり込んだ張本人である。  「元を辿ればドクターがスカベンジャーに妖気の回収を頼もうだなんて言うからじゃない。捕まっちゃった以上はあの店でやり取りしていたこともゲロしちゃうだろうし、だったら先に対策しないとマスターに悪いよ」 「たかが取引場所に気にしすぎだろう」  斬九郎には煽りと取られた置き手紙の事を優しすぎる気遣いだと凛人は言う。  だがアマミヤには彼女なりに理由があった。 「ドクターと違ってあたしはマスターとはご近所さんなんだから。むしろそこまで割り切れるドクターが悪い人だよ」 「我らの思想は一般的には悪だぞ。今更だ、お嬢」  アマミヤが凛人から「お嬢」と呼ばれた理由は彼女が芒終月の直系血族のため。  そこで諭すような態度で若く未熟な彼女に対して凛人は半端な気遣いは無意味だと示す。  虚数の兎を自称する彼ら兎小屋の面々が企んでいることは悪事なのだからと。  だが彼らが悪事を始めた理由は彼らなりの正義のため。  故にアマミヤはせめて隣人は巻き込みたくないという主義だった。  今回に関してはアマミヤの自宅近くということでゲーニッツをヤサに選んだ凛人も良くなかったと言える。  なので彼はお嬢様に対しては忠告だけに留めて「明日」の話に入った。 「まあ今のは年寄りのお節介だと思って頭の片隅に入れておいてくれ。本題はここからだ。明日はスカベンジャーが使えなくなったからプランA……お嬢が囮役だ。実行役はワシ、ジョン、リッパー、トート、ウンゲ、エグゾ、タイガーで行く。他はここで待機してくれ」  凛人の言葉に頷いたのは彼を除くこの場の11人。  総勢12人というのは磔刑を受けた救世主の使徒のようだとそのうちの誰かが自嘲する。  であれば明日の作戦を前に逮捕されて、おそらく彼が知る限りの情報を白状しているであろうスカベンジャー──須賀勉は裏切り者ユダであろうか。  しかしユダがもたらした使徒の情報が埋伏の毒だと士たちは知る由もない。  ドクターの呼び名に沿ってか、頭脳派として明日の作戦を立案した立場の凛人は品川署の著名な士を思い浮かべながらほくそ笑んだ。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加