兎小屋

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 須賀勉の拘留から一夜が開けて品川署に向う甫と律子が駅を出たところ休日の早朝から騒がしい人だかりを発見した。  どうやら都議会選挙を目前にした集会を開く準備をしているらしい。  律子は政治に熱心ではないし甫に至っては未成年だからと興味なし。  二人とも大人のやることなど横目に通り過ぎようとしたところだったが、眼鏡の男が律子を呼び止めた。 「そこの人、待ってください」  振り向いた律子は相手の顔を見ると少し驚いた様子。  甫は相手が美形だからかと少し妬いたことが隠しきれていない様子であり、それに気づいた眼鏡の男はそんな少年を鼻で笑ってから正体を明かすことになる。 「真田律子さんですよね?」 「そちらこそ杉田銀時さんで間違いないわよね。これから警察署までお伺いするところだったのに何故此処に」 (この人があの?)  律子の言葉に驚いた甫はじろりと男の姿を見る。  最初は嫉妬から眼鏡姿のイケメンとしか認識していなかったわけだが、よくよく見ればその腰には銀の光沢が美しい、綺羅びやかな鐔がついた大小2振りがぶら下がっていた。  ではあれが甫ですら知っている名高い妖刀「銀刀」なのだろうか。  あらゆる妖刀を殺すと言われる銀色の刃。  剣士でなくとも男の子なら興味を惹かれること請け合いの名刀である。 「お察しの通り僕が杉田です。今日は選挙が近いと言うことで、見ての通りに応援演説が各地で開催されますから、その警戒ですよ。人が集まるということは今までのようにそれに特化した奇剣を用いて無差別に乱心させるのにはうってつけですので」 「確かに一理あるわ。わたしとしたことがうっかりしてたわね」 「おや──左からは事前に聞いていなかったのですか? 彼だって今日は上野駅前の演説を警護する予定でしたが」 「そうなんですか。でも昨日は捕物があって左さんからの指導も最低限になってしまったので伝えそびれたんだと思います」 「まったく──アイツも少し疲れが残っているようだな。ところでキミは真田さんと一緒に居て刀を下げているということは……石神甫くんで間違いないかな?」 「はい。有名な銀刀の杉田さんに名前を憶えてもらえるなんて光栄です。よろしくお願いします」 「こちらこそよろしく。だけどお世辞は要らないよ」 「え⁉」  お互いに初対面の挨拶を交わす中で、銀時にへりくだった態度を取る甫のことを「お世辞」と彼は断言する。  たしかに多少はその意図を含んではいたとはいえ実際に著名な剣士が自分のような新米のことを事前に知っていれば嬉しいのも事実。  なので銀時は困惑したリアクションを取った甫の耳元にむけてお世辞扱いの理由を小声で答える。 「安心しなさい。彼女に色目を使う気など毛頭ありませんから」  最初の正体を知らないからこそ抱いた嫉妬心すら見抜かれた甫は頬を赤らめるだけで黙ってしまう。 (少しからかいすぎたかな?)  銀時としては見るからに律子に惚れていて初対面の自分に噛みつく勢いだった甫の緊張をほぐすジョークのつもり。  だけどこういう冗談が通じないであろう甫の純情さを見て銀時は少し悪いことをした気持ちとなった。  そこで咳払いをして流れを変えてから何食わぬ顔で話を続ける。 「まあ──ここで会えたのなら戻る手間が省けました。二人には今日はここの警備をお願いしてもよろしいですか?」  たしかにこれから大勢の人が集まると言うのならばこの場所の警備は必要だが何故自分たちもと律子は小首を傾げる。  そのまま考えること数秒間。  頭の上で電球を光らせた律子は銀時の意図を読み取った。 「合流したばかりのわたしたちもということは……もしかして昨日捕まえた男が喋ったの? 今日ここで何かが起きるって」 「察しが良くて助かります」  律子の読み通り須賀勉からの情報によれば今日の演説に集まった衆人たちの中に奇剣が投げ込まれるらしい。  誰かが拾えば操られ、そのまま凶行タイムに入るわけだ。  そこで銀時はこれから起こる事態を防ごうと言うしている。  もとよりこの日の応援演説には現職大臣が来るということで警戒態勢が敷かれていた。  どちらにせよ警戒するのならば、最初から何かが起こるとわかっている方が気が楽とさえ言えるらしい。 「そういうことなら喜んで。だけどハジメくんと違ってわたしは戦う力はないわ。妖気を探る役をするにしても、そのときには邪魔にならないかしら」 「大丈夫ですよ。律子さんが見つけるよりも先に操られた人が暴れ出したら僕が護りますから」 「これは頼もしい」 「一応僕もれっきとした士ですから」 「だったらちゃんと護ってね。期待しているわよ」 「はい。もちろん」 (恋は盲目とは言うが、こういう愚直さなら便りになりそうだ。だが……なんだか知り合いの誰かに似ている気がするが? さて)  律子に向ける甫の熱意を見て銀時は頼もしく思うわけだが、それに既視感を感じる自分が居た。  それが身近な女性のことであると彼が気がつくのはもう少しあとになるだろうか。  まだ朝の段階で演説の設営中ということで、この時間を使って銀時は警備の段取りを二人とかわす。  律子は銀時とともに大臣たちが控える予定となっている仮設テントに控えて妖気を探り、甫は参加する他の士と同様にインカムを使った銀時や律子からの指示のもと人混みの中を動く。  しばらくすると他の士も集合して、軽い挨拶をすませる頃には演説を聞くためにやってきた熱心な都民も増えてきた。 「そろそろ時間です」  銀時の一言に全員が頷いて持ち場につく。  そんな中に応援演説の聴衆としては場違いにも思える少女も一人。  つまり持ち場についたのは彼らだけではなかった。
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