帯刀許可証試験

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 二次試験を終えた時点で合格者は11人。  甫はあのときの声の主を探そうと思ったのだが、どうやらこの中には居ないらしい。  あれはやはり幻聴の類だったのだろうか。 「皆さんお疲れ様でした。この場に居られる11人が今回の試験の合格者となります」  肩を落とす甫をよそに女性の試験官は今回の試験はこれで終了だと説明した。  その時々で三次試験を行う場合もあるので緊張していた他の受験者たちは合格が確定したことに胸を撫で下ろす。  だが受験資格を得るための事前講習、そして今回の実地試験を経た受験者の試練はまだ終わっていない。  これだけではまだ仮免許のようなモノだからだ。 「合格した受験者の方には案内をお送りしますので最終確認を兼ねてこちらの書類に必要事項を記入してください」  案内とは試験に合格した新人に向けた実地研修のことを指している。  帯刀許可証は実績がなければ剥奪されてしまうのだが、こと新人の場合は口を開けて待っていれば妖刀奇剣にも関わる事件が舞い込んでくるハズもないので、このような実地研修があてがわれるわけだ。  研修先は当人の住所やプロフィールを加味して決まるわけだが、多くは先輩となる士を抱えた妖気慣れした警察署が多い。  特に都内では全ての警察署が士を抱えているほどだ。  試験の翌日、まだ帯刀許可証が発行されていない甫が今まで通りに学校に通っている頃、士を管理する公的機関「AKM」では先日の合格者に対しての実地研修先の選定が行われていた。  ある者は最寄りの警察署、またある者は予め希望していた師弟筋が運営している事務所など手早く決まっていく。  そんな彼らは皆、都内在住あるいは首都圏へのアクセスが公共機関で10分以内となる都会に住む面々。  高校生でありつつ茨城県在住ということでアクセスにも難がある甫の場合は勝手が違う。  石神甫はどこで実地研修をさせるべきかAKMの役員も考えが難航していた。 「15歳で合格するくらいだから将来有望なんだけどねえ」  そう愚痴をこぼすのは警視庁からの出向役員の小丸田という女性。  彼女としてはとりあえず新米士は全員都内の各署に配属して妖刀事件のメッカとも言える首都の護りを頑丈にしたいと思っている。  そのためには甫が地方の高校生というのは都合が悪い。 「アタシの立場で高校を中退するか留年しろとは言えんよ」 「だったら移動時間を考慮して研修の開始時間を夕方から夜の間にズラすのはどうでしょうか。どのみち事件に遭遇して泊りがけとか、帰りが遅くなるのなんて向こうも士を目指す以上は承知の上でしょうし」 「アタシらだってお役所仕事だよ。たかが新人一人のために特例扱いは出来ないって。先任の士や現場の警官はもとより、そんな特例扱いはウチの上層部も嫌がるさ。そもそも上のお硬い連中は必要に迫られて渋々認めているだけで、士のこと自体を嫌っているほどだ。まあ……拳銃一つ警棒一本持ち歩くのに面倒がある警察官の横で、一般人がライセンス一枚を根拠に刀を好き勝手に抜けるってのを、危険視するのは理解るけどね」 「では彼の地元で実地研修を受けさせてみれば? 都内より頻度は低いとはいえ茨城にだって妖刀事件くらいはあるでしょうし」 「そうも行かないさ。茨城だと県北ならば良かったんだが県南じゃ警察が関わる妖刀事件なんてサッパリなんだよ。この石神くんだって師弟筋には独学と書いているが、おそらく地元の剣術道場で剣の基礎を教わったんだろう。あの辺りは無免許で妖刀を祓っている道場のおっさんが転がっていると噂されているからな。当然のように、どの警察署にも士は居ないから、研修先にできる場所はないって」 「それは困りましたね」 「だからアタシとしては──」 「おや……その子の研修先に困っているようだねえ」  自分の中では地元を出るか学校を辞めるか士を諦めろという結論が決まっている中での小丸田の堂々巡りに付き合わされた常州も相槌を打つしか無い。  そんな二人の会話に別の女性が割り込んだ。  彼女は真田天樹という老婆で小丸田と同じ役員の一人。  帯刀許可証制度とAKMが発足する前から妖刀事件を解決に導いていた元名探偵である。 「新人を公私混同で引き抜くのは宜しくないと思っていたのだけれど行く宛がないのなら都合がいいわ。その子はわたしの預かりにしてもらえないかしら?」 「真田先生が預かるということは探偵業に復帰して、この石神くんを士として育てると言うことですか? 確かにかつてのアナタは『銀髪の殺し屋』や『双眼の梵天』と言ったレジェンド級の剣士を探偵助手として育てた名コーチですが……システムの成熟が妖刀事件専門の探偵というイレギュラーを不要にしたと仰言って自ら身を引いて20年余り。申し上げにくいのですが年寄りの冷や水は止めて頂きたい」  天樹は行く宛のない甫の処遇として引き抜きを持ちかけたわけだが、その提案に小丸田は異を唱える。  制度の上では問題はないが天樹の現場復帰には年齢的な不安が大きく、仮に彼女に不幸があった場合にAKMが被る損害は大きいと彼女は想定していた。  だが天樹が甫を引き抜く理由は現役復帰ではないらしい。  彼女には20歳になったばかりの孫娘がいた。 「そうね。確かにわたしの役目というのは終わったからこその今よ。だけどそれは、わたしという存在が出しゃばる時代ではなくなっただけで、探偵というイレギュラーはやはり必要だと思うのよ。そう考えていた矢先のこと。孫の律子が探偵になりたいと言いだしてね。試しに昨日の試験を見せてみたわ」 「フン。ではそのお孫さんのためにその子が気に入った少年を権力を盾に囲おうと? アナタの口からそんな言葉が出るとは思いませんでしたよ」 「半分は当たっているわ。耳が痛い。だけどちゃんとした理由もあるわ。あの日……律子の持つ眠っている力が反応したのはこの子だったのよ」  律子の力とは若き日の天樹が持っていたのと同じモノ。  推理小説に憧れて探偵事務所を開いた天樹が妖刀事件の専門家になる要因となったトランス能力。  今の彼女からは失われたソレを孫娘が継承していることに意味が無いハズは無し。  天樹はこのように考えていた。 「どのみちこの子は条件が噛み合わずに潰しの聞かなかった若者です。どうしてもと言うのならば譲歩しますが……仮にそのチカラとやらが成果を挙げなかった場合はアナタもわかっての事でしょうね?」 「もちろん。むしろ失敗してくれた方が貴女の上にいる方々には都合が宜しいでしょう?」 「それは言わずもがな。いちおう尊敬するアナタがお孫さんにそこまで期待すると言うのならば個人の意見としては応援しますけど」 「うふふ。ありがとう」  天樹は小丸田から甫の個人情報を受け取るとこの場を去り実地研修のための準備を始める。  甫の実地研修はこうして例外的な場所で行われる事となった。  東京上野にある隠れ家的な軽食喫茶「秘窟」の二階に曲がりしている小さな探偵事務所。  4月にオープンしてからの1ヶ月間に請け負った依頼はゼロだった真田探偵事務所から閑古鳥が飛び立つ日は近い。
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