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最近、槙緒の様子がおかしい。 と人一倍敏感な颯太に言われた。 「え?そうか?普通やけど。」 「いや、おかしい。なんかたまに目が死んでる時あって。」 「気にしすぎちゃうか?」 「ちゃんと寝れてるんかな?」 「子供ちゃうんやから。」 「子供ちゃうから心配になんねん。カイくん、ちゃんと見たってな。」 颯太に念を押されて引き受けるしかなくなった。 槙緒はラジオの仕事が始まってからパタリとうちに来なくなった。 俺との関係を終わらせたんやと思った。 いつか終わるもんやとは思ってたけど。 ラジオブースで向かい合う槙緒はいつも通り、というよりいつもよりご機嫌な気がした。 ラジオの仕事は槙緒に向いてたんやと思う。 俺はまだ慣れない。 相手が槙緒じゃなかったら続いてないと思う。 一人やったら断ってる。 役者の仕事の方が俺には合ってる。 楽しいし、苦にはならない。 マネージャーに、 「もしあれやったらラジオの仕事、他のメンバーに交代してもいいですよ?」 って言われたこともあった。 でももしラジオがなくなったら俺と槙緒の繋がりは完全に切れてしまうと思った。 ただのバンドメンバー、だけになる。 それは嫌やった。 舞台の仕事が入って、一ヶ月ほどラジオを休むことになった時、他のメンバーと楽しそうに話してる槙緒の声を聞いて寂しくなった。 俺じゃなくてもいいんやろな。 こいつは誰とでも楽しそうにしてる。 俺と違って友達も多いし。 そんなことを思う自分が嫌やった。 これは立派な嫉妬というやつだ。 しかもその嫉妬心がひねくれて言葉にでてしまったりする。 槙緒を自分の物にしたい、という独占欲が大きくなるのを感じる度に離れたいと思う。 でも離れたら離れたで苦しむことになる。 その矛盾の中で溺れそうになる。 槙緒を抱いてた時はそんなことなかったのに。 あの夜、あいつを抱くべきじゃなかった。 そんな後悔が無駄なことはよく分かってる。 ラジオが始まって3年目のある日。 ラジオ局に着くとマネージャーから電話があった。 「槙緒さんが倒れて病院に運ばれたんで今日はカイさん一人でお願いします!」 ほんまはすぐに病院に行きたかった。 でもラジオに穴を空けるわけにはいかない。 俺はメンバーに連絡して急遽助っ人にきてもらうことにした。 ラジオの方はそれで難なく終えることができた。 みんなで病院にかけつけると槙緒は眠っていた。 ただの過労。 「やっぱりおかしかったんや、槙緒くん。」 颯太が泣きそうな声でそう言った。 「あいつ楽しそうに仕事してたやん。」 「仕事は楽しいんやと思うよ。でも人間仕事だけが人生ちゃうやん。」 そんなことは分かってる。 いや、分かってるつもりで分かってなかった。 他のメンバーは帰らせて俺は槙緒の側にいた。 目が覚めたら何て言おう。 何て言うべきなんやろ。 そんなことを考えてたらいつの間にか寝てた。 「ごめんな、ラジオ飛ばして。」 目が覚めると俺より先に起きてた槙緒がそう言った。 俺は寝ぼけて頭が回ってなかった。 だから、 「槙緒、俺より先に死んだら許さんからな。」 と口走ってしまった。 槙緒は笑った。 「大袈裟やな。死なへんわ。」 「ちゃんと寝ろよ。」 「...寝られへんねん。」 「なら、そんな時はうちに来たらええ。」 俺が勇気を出してそう言うと槙緒は俯いて泣き出した。 そして俺は一気に目が覚めた。 「な、なんやねん。なんで泣いてんねん。」 「だって、槙緒って呼んだから。」 「はぁ?」 「俺の事、いつからか槙緒って呼ばんくなったやん。」 「それは、」 「俺の事なんかどーでもいいんやと思ってた。」 「はぁ?」 「家に行かんくなってせいせいしてるって思ってた。」 泣きながら全部垂れ流すこいつに反論したかったけど、上手く言葉にできそうにない。 だから俺は抱き締めた。 俺は言葉より行動の方が伝わると思ってる。 「なに?」 でもこいつには言葉じゃないと伝わらんねんよな。 「一回しか言わんからよう聞けよ。」 「うん。」 「俺はお前が好きや。だからその、どうでもいいとかせいせいしたとか思ってない。」 「...俺もビジネスパートナーとかメンバーとしてじゃなくて、カイの事が好きや。」 俺は恥ずかしすぎてまともに顔が見れなかった。 でもふと顔を上げると槙緒はまっすぐ俺を見てる。 初めて会った時からずっとこうだった。 だから目をそらしてしまう。 「退院したらうちに来いよ。」 「そういうのはちゃんと目見て言うてよ。」 と笑いながら言うから、その唇を塞いで顔を真っ赤にして病室を出た。 でも結局槙緒は退院してから次のラジオまで俺の家に来ることはなかった。
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