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夢の中で槙緒は俺の知らない顔をして女の人と手を繋いで歩いてた。 そんな夢を何度見ただろう。 でも今朝、目を覚まして俺を見つめる槙緒の顔を見たらそんな夢は全て吹き飛んだ。 「おはよう。よう寝てたな。」 そう言われ、時計を見ると10時。 「何時から俺の顔見つめてたん?」 からかうつもりで聞いたのに、 「一時間くらいかな?お前、寝言言うてたで。」 と普通に答えられてこっちが恥ずかしくなった。 「寝言?」 「餃子にニラが入ってないとかありえへん、って怒ってた。」 「なんやそれ。全く覚えてへん。」 「俺もニラ抜きの餃子はありえへんと思てるよ。」 「俺はそこまでこだわりないけどな。」 「はぁ?なんやそれ。」 普通や。 あれ?俺たちって...付き合ってるんよな? 「朝飯食べるか?」 槙緒は服を着るとキッチンに向かった。 卵が焼ける音がする。 キッチンにいる槙緒は鼻歌まじりでご機嫌だ。 こいつは結婚したらええ旦那になるんやろな。 俺は元から結婚願望とかなかったからええけど。 ほんまにええんやろか。 「これ持っていって。」 旨そうなサンドイッチの皿を渡されてテーブルに並べると槙緒は後ろから抱きついてきた。 「なんやねん。」 「あかんの?」 「いや、別にエエけど。」 「これからは好きにさしてもらう。」 「え?」 「恋人の特権。」 あ、ちゃんと恋人やったんや。 「一つ聞いてええか?」 「なに?」 「お前は結婚とかしたないんか?」 俺がそう聞くと無言で耳を思いきり引っ張られた。 痛がる俺を睨んで、 「アホなこと聞くからや。」 と怒った。 「でも、」 「でもじゃない。俺は20年以上お前のことだけ見てきたんやぞ。まぁ、その間彼女がおったこともあった。けど、結局お前の代わりを探してただけやった。お前の代わりなんてどこにもおらんのにな。」 はじめて聞く槙緒の本音。 こいつも俺と同じやったんやな。 「なんやねん、なんか言えよ。」 「いや、そんなん思てるとは。お前はいつも楽しそうやったし。」 「そら楽しいよ。寂しいとかはなかった。ただ、ふとした瞬間にお前のこと思い出すことがあって。」 「どんな時?」 「朝起きて天気がよかったり、道歩いてて信号待ちの時とか。なんでもない隙間にふと思い出す。思い出しても別になんてことないけどな。」 「俺は逆やな。お前がおる時、ずっとお前のこと見てたし。」 さらっとそう言うたら俺より先に槙緒の顔が真っ赤に燃えた。 槙緒は悲しいときに悲しい顔をしない。 泣かない。 猫が死んだ時も俺の前では泣かなかった。 俺はそれが気にくわなかった。 まるで俺には心を開いてないように思えたからだ。 でも違う。 こいつは誰の前でも泣かない。 そう決めてる。 それはそれで相当な決意と覚悟を感じた。 かっこいいと今なら思える。 いつもなんだかんだポジティブな槙緒がたまにネガティブになって、 「俺なんか」 と言った時は誰よりも怒ると決めている。 みんなそんな俺を止めて槙緒に優しい言葉をかける。 それが分かってるから俺はそうする。 俺は槙緒以上に槙緒の価値を分かってる。 だから、俺なんかという言葉は許さない。 俺はいつもこいつのストッパーでいたい。 いつからかそう思ってた。 ラジオを卒業した日、スタッフさんたちとみんなで打ち上げをした。 槙緒も俺もそれなりに酔っ払った。 一緒にタクシーに乗り、俺が先に降りた。 マンションのロビーで鍵を探してると、 「なんや鍵なくしたんか?」 と聞き覚えのある声。 「帰ったんちゃうんか。」 「帰ろうかと思ったんやけど、寂しくなってタクシー降りた。」 酔っ払った槙緒はヘラっと笑った。 玄関でモタモタと靴を脱ぐ槙緒に息ができないほどのキスをした。 「な、なんやねん、」 槙緒は酔いが覚めたらしい。 俺は槙緒の服を剥がしながら野獣のようにベッドに押し倒した。 貪るように身体中に跡を残して抱いた。 力尽きるまでヤりまくった。 自分でも何でそうしたのか分からなかった。 それは単なる衝動だったのか。 シャワーを浴びながら少しずつ我に返って、ベッドで爆睡する槙緒の体を丁寧に拭いた。 なんだか申し訳ない気分になった。 子供の頃から俺は上手く言葉にできない感情に苛立ったことがあった。 大人になるにつれ、そういうのは自然と無くなっていったはずなのに。 槙緒にぶつけてしまった感情はなんやったんだろう。 ベランダで朝を待ちながらタバコをふかしてると槙緒がやってきた。 「眠ないん?」 「...ごめんな。」 「なにが?」 「いや、なんか、」 「何も悪いことしてないのに謝るんやめや。」 「そやけど、」 「別に...普通に気持ちよかったし。」 そう言うと槙緒は俺のタバコを取って吸った。 「きっつ。お前まだこんなん吸うてんの?」 「これ吸い終わったら止める。」 「別に止めんでええやん。」 「長生きしたい。」 「そおなん?」 「長生きしてお前のそばにおるから。」 俺がそう言うと槙緒はまたヘラっと笑った。 笑って泣いた。 「...お前狡いよな。普段喋らんくせに、なんで急にそんなかっこいいこと言うん。」 お前がそうさせてるんやぞ、と思ったけどさすがに言えなかった。 でもいつか言わされるんやろな。 「...透。」 「え?」 「透って呼ぶから。」 「どのタイミングやねん、いきなり。」 「ええやないか。透、腹減ったな。」 「やめろその呼び方。」 「コンビニ行こうぜ透。」 いつかこんな日も遠い遠い思い出に変わって、俺たちは笑いながら話す。 こいつと出会わなければ...、そう思ったことも全部。 全て愛しい時間になる。 丸裸の俺と槙緒で。
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