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26年前、初めてあいつと出会った時から俺の人生は決まっていたのかもしれない。 でも、生まれ変わったら俺はあいつとは出会いたくない。 あいつさえいなければ俺はもっとシンプルに生きられたと思うからだ。 14の時、幼馴染みの光があいつを連れて家に来た。 「前にバンドやろって言うてたやん?こいつピアノ弾ける言うから連れてきた。」 「ピアノ?ドラムとかベースじゃなくて?」 俺がそう言うとムカッとした顔した。 「俺はバンドなんかやらん。こいつに勝手に連れてこられただけや。」 「だってお前のピアノめっちゃよかったで!綺麗やった!」 光がそう言うと照れて赤面した。 よく見ると女みたいに目が大きくて可愛い顔をしてた。 当時はよく女に間違えられてたらしい。 「こいつ、ギターの甲斐谷透。で、こいつは矢神槙緒。マッキーって呼ばれてるねんて。」 でも俺は一度もマッキーとは呼ばなかった。 それから光はドラムとベース、でもう一人ギターを見つけてきた。 バンドが完成したのは18の時だった。 結構真面目に練習して、ライブハウスのオーディションも受けた。 が、なかなか上手くはいかなかった。 やっとデビューできたのは25歳の時だった。 もうあかんかもって諦めかけてた時にライブを見に来てたレコード会社の人が声をかけてくれた。 そっから10年経って、ようやく軌道に乗ってきた時に光がバンドを止めると言い出した。 俺と槙緒は必死に説得したけど光の意思は固かった。 光は子供の頃から頑固でこうと決めたら誰のいうことも聞かない。 俺ら二人は光のその性格をよく分かってた。 バンドを存続するか、解散するか。 皆で話し合って、とりあえずいけるとこまで頑張ろうってなった。 俺と槙緒と光はいつも三人セットだった。 ご飯行くのも飲みに行くのも。 槙緒と二人だけってことはまずなかった。 何か気まずいし。 光が抜けるって決まってから二人で話すことが増えた。 光の送別会の夜、解散してから俺の家に初めて槙緒が来た。 飲み足りないと二人でワインを開けて、何を話すでもなく朝が来るのを待ってた。 「光、これからどうするんやろな。」 「なんか海外行くって言うてたで。」 「お前、光に付いていかんでいいん?」 俺がそう聞いたのには理由があった。 「は?なんでやねん。」 「お前、光のこと好きなんやろ?」 俺がそう聞くと槙緒は大きなため息をついた。 「お前って、やっぱアホやな。」 「え?」 「アホで鈍感でどうしようもない。」 「何がやねん。」 槙緒は俺を見てもう一度ため息ついた。 そして次の瞬間俺にのし掛かってきた。 「酒入ってるから許してな。」 そう言って唇を塞がれた。 体を押し返そうとしても力が強くてびくともしない。 そのうち諦めて身を委ねた。 というか、俺も全てを酒のせいにした。 気がつくと逆転して槙緒の上にのし掛かっていた。 唇を塞ぎながらベッドまで移動して服を脱がした。 興奮しすぎてるのか、酒が回ってるのか、俺はただ夢中で槙緒を抱いた。 後の事なんてなにも考えてない。 何回やったかも分からん。 すべての欲を出しきったあとはただ全裸で動けない二人がいた。 目が覚めて、槙緒の寝顔を見てから俺は 「やってもた。」 と後悔した。 こいつを槙緒と呼ばなくなった日、俺は決めていた。 意地でもこの気持ちは墓場まで持っていくって。 誰にも気付かれないように隠しとおす。 でもやってしまった。 「酒飲んでてあんだけヤれるってお前体力有り余ってるやろ。」 振り返ると槙緒はいつも通りの槙緒だった。 そしてそのままシャワー浴びに行った。 普通やな。 俺だけか、こんなテンパってるの。 あいつにとっては俺は光の代わり。 寂しさを埋めるだけの役割だったのかもしれない。 そう思って忘れようとした。 でもそんな訳にいかなかった。 みんなとおる時は今まで通りできる。 でも二人になると気まずい。 それも俺だけ。 俺の頭のなかにはあの夜の槙緒が残像としてハッキリ残ってる。 「家寄っていい?」 そしてまた唐突に槙緒は家に来る。 ご丁寧に手土産をもって。 俺も俺で追い返せない。 槙緒の有無をいわせない圧に勝てない。 気が付くと槙緒のペースに流されてる。 ワインを開けて飲み始めて他愛もない話をしてると槙緒に抱きつかれてそのまま流れるように抱く。 そんな関係がもう2年も続いてる。 最初は俺も色々考えたり、戸惑ったりしてたけど2年も経ったら当たり前のようになってきている。 最近じゃ、ただなにもしないでベッドで寝る時もあるし。 俺らはどういう関係なのか、と思うときもあるけど。 もう怖くて聞けない。 もしかしたら槙緒も俺のこと、なんて淡い期待を打ち砕かれたら生きていけない。 臆病な俺は槙緒を自分の物にすることも手離すこともできずにいた。 でも一つだけ分かっていることがある。 こんな関係はどこかで終わりがくるってこと。
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