殺人卿

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 男は笑っていた。  人を殺しておきながら、笑っていた。  人の体を引き裂いておきながら、平然としていた。  八つ裂きの死体。  吹き出し切った血液。  生理的に受け付け難い異臭。   背筋も凍るこんな状況で、男は笑みを絶やさない。  男は高貴なる男爵の身だ。貴族に殺人を嗜む習慣はもちろん無い。  そう、男は狂っていた。その手に持っている鉈など形だけのお飾りだ。  殺人狂ならぬ殺人卿。 「立て。私は勝手に死んでいいとは言ってないぞ」  殺人卿は、八つ裂きの死体に向かって、これまた酷なことを言う。もう死んでいる人間に、今更何を求めるというのか。 「はぁ、がっかりだなぁ。本当に期待外れだよ。一族代々の専属執事ともあろう者が、それでは余りに呆気なさすぎるだろうがっ!」  激情にも似た感情を剥き出しにしながら。殺人卿は八つ裂きの死体の腹部目掛けて、手を突っ込む。ちょうど、手を突っ込むのに手頃なサイズの穴を抉り開けて。 「せめて、醜く死にたまえよ。主人である私が、直々に綺麗に極上の死を体現させてやるよ」  ぶちゃぐちゃちゃぶちゃぁああああ。  内臓を引き抜く殺人卿。容赦なく千切る千切る。大腸だとか小腸だとか胃袋だとか......。子どもがわんぱくに、玩具をあれやこれや引っ張り出すような(さま)だ。もっとも、あくまで例えの表現にしかすぎないが。 「ふむ。流石に死人をこれ以上弄くり回しても無駄だな」  一通り事が終わってみれば、訳の分からないグロテスクな物に変わっていた。人間の中身にこれらが詰まっていると思うと、なんとも言えない気持ち悪さがする。 「では。最後にスパイスを加えるとしよう」  殺人卿はまだ足りないらしく。  長らく放置されていた、鉈を手に持ち、ぶちまけられた肉の塊目掛けてフルスイング。  一撃二撃三撃─────。  斬るというより叩く、叩くというより潰すに近い。残忍どころの話しではない。殺人卿は異様なまでに、殺人に対して()()だ。 「なんだ無性に疲れたではないか。もっと殺しがいのある人間が欲しいものだ。まぁ幸い、私を縛る身内は殺し切ったし、これで晴れて自由の身だろう。なーに、焦ることはない」  独り納得したように頷く殺人卿。手に持つ鉈を空高く放り上げ、ゆっくり歩き出す。  散々殺し尽くした元死体は、見る形もなく細切りされた肉と化していた。どうやら殺人卿は散々殺し尽くして、興味を失ったようだ。   「さてさて、次は女の身体にしようかぁ」  そんな不吉な言葉を呟きながら。殺人卿は門扉をくぐり、閉ざされていた外へ出て行く。  はてさて、一体何十人何万人の人間が犠牲になることやら......。
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