2人が本棚に入れています
本棚に追加
***
徴税吏員。こう書いて、ちょうぜいりいん、と読む。
仕事内容はこの字面だけでおおよそ想像がつくかもしれない。市役所や区役所の徴税課などに在籍し、税金の滞納者に対しその滞納処分を行う権限を与えられた人、のことを言うのだ。
平たく説明するならば、税金を期限通りにちゃんと納めなかった人のところへ行き、“税金払ってくださいよー”とお願いし、それでも駄目な時は差し押さえなどを行う仕事であるというわけで。
ぶっちゃけ、ものすごく人に恨まれるのだ。
税金泥棒、という言葉をこの職についてから何回吐かれたかしれないほどである。
『俺達はなあ、一生懸命一生懸命、毎日汗水垂らして必死こいて働いてんだよ!』
先日、とある小さな工場の社長に言われた言葉がそれだ。コロナ渦で業績が悪化し、税金を今まで通り払うことができなかったという典型。ここでお金や機材を持っていかれたら、働いている十五人の従業員が路頭に迷う、お前らは人殺しになりたいのか、俺らが首をつってもいいのかとまで怒鳴られた。
『なんで貧乏人から金取るんだ、もっと金持ってる奴らなんかいくらでもいるだろうが!この税金泥棒!政府の犬!ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなああああああああああああああああ!!』
わかっている。彼らにも生活がある。使い道のわからない税金のために身を削りたくない、と思うのはごくごく当たり前のことだ。
だが、生活があるのは僕達徴税吏員だって同じ。この仕事で給料もらわなかったら食べていけない。食べるために必死で仕事をしている同じ人間だというのに――彼らはどうしてわかってくれないんだろう、なんて思ってしまうのである。
確かに、生活が苦しいのはわかる。
自分達だって、できればそういう人達から無理に徴税なんてしたくない。
でも彼らを見逃したら、苦しい中必死で働いて税金を納めてくれている人達はどうなるのか。彼らの苦しみが報われないではないか。
国の制度も、国を助ける人の給料も、道路の補修も必要な設備投資も何もかも。税金があって初めて回ることなのである。どうせ自分には関係ないからと思っていても、誰もがどこかで税金の力に助けられているものなのだ。
それを理解せず、どうして僕達だけが毎回毎回、こんな風に罵倒されなければいけないのだろう。
――疲れたなあ。
僕は今日も、ため息まじりに家に帰る。この職についてから一年以上が過ぎた。それでも一向に、向けられる敵意や罵倒に慣れることができない。
――政府の犬、かあ。
駅前通りを通りがかったのは五時半くらいだった。ふと見上げたところに、ドッグカフェの文字を発見する。そういえば、毎日この道を通っていたのに気づいていなかった。可愛いトイプードルの写真が貼られている。こんなところにドッグカフェがあったなんて。
子供の頃から、犬は好きだった。生活にいろんな意味で余裕がなかったので、一度も犬を飼った経験はなかったが。
僕はなんとなく、そのビルの階段に足をかけたのだった。今は、とにかく癒しが欲しかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!