優しい牙

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 *** 「いらっしゃいませー!お一人様ですか?」 「あ、はい。そうです……」  最近できたばかりの店らしかった。内装は綺麗で、漫画の並んだ棚とテーブル、椅子が並んでいる。一人200円のドリンク代と、800円の場所代を払って中に入れてもらうことになる。僕はオレンジジュースを貰うと、そのまま本棚の方へと歩き出した。  本棚の影には、紫色のソファーなんかもあった。その前に置かれているふわふわのクッションには、ダルメシアンがわうわうと言いながら噛みついている。ソファーの上には、ゴールデンレトリーバーが丸くなっていたし、背もたれ部分には器用にもでっかいブルドックが寝息を立てていた。  さらには反対側の本棚の前には、もふもふの白い塊が二つもゆったり歩いていくのが見える。耳が立っている白いのと、垂れている白いの。多分前者がサモエドで、後者がグレートピレニーズだろう。 ――あれ、大型犬ばっかりだ。  珍しい。そう思いながら店内のポスターを見ると、なるほどはっきり“大型犬専用ドッグカフェ”と書かれていた。どうやら入ってくる前に見落としたらしい。  とりあえずジュースを持ったままソファーに座る。すると、振動に気付いたのか、円くなっていたゴールデンレトリーバーが首を持ち上げてきた。そして丸くて黒い目で“なあに?”とこちらを見つめてくる。  正直に言おう。めちゃくちゃ可愛い。 「……お前、名前なんていうんだ?」  ドッグカフェの犬なので、当然見知らぬ人間には慣れている。僕は犬のもっさりとした金色の毛を持ち上げた。毛に隠れているところに、確かに首輪が装着されている。  赤い首輪には“ラノ♂”と書かれていた。わざわざ性別まで明記してくれようとは。 「そっか、お前、ラノかあ」 「まっふ!」 「ははは、返事ありがとう」  僕はラノの頭をもしゃもしゃと撫でる。気持ちがいいのか人が好きなのか、ラノは目を細めて笑ってくれた。  平日であるからなのか、店には僕と店員と犬たち以外誰もいない。僕はついつい、ラノを撫でながら話しかけてくる。 「僕さあ、今日仕事でさあ。言われちゃったんだよ、政府の犬だって。あ、公務員やってるからなんだけど……」  仕事の内容を他の人に漏らしてはいけないが、まあ公務員であること、くらいならいいことにしよう。特定もできないだろうし。 「こういう時の“犬”ってのはさ、奴隷とか、下僕って意味で使ってんだよな。……俺は、政府の奴隷に見えるのかーって思っちまった。でも、奴隷ってつもりで“犬”って言葉を使うのは結構酷いよなあ。いくら、わんこたちが人間にシッポ振ってすり寄るイメージがあるにしてもさあ」 「その通りですね」 「!」
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