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「この子たちはその気になったら、私達人間なんて簡単に噛み殺せるだけの牙とパワーを持っています。でも、そうしないんです。子供がふざけて背中を叩いても起こりません。シッポをうっかり舐めてしまったり踏んでしまっても怒りません。もっというと、驚くことはあるんですけど……それでも噛みついて、相手に反撃するようなことはしないんです。こんな鋭い牙あるのにそうしないのは何故か。それは……この子たちが優しいからなんです。だから媚を売ってるのならむしろ人間の方だと私は思っています。人間がこの子達に優しくしてもらうため、すり寄っていっているというのの間違いなんじゃないかと」
「人間の方が?」
「そうです。この子たちは好きだから人の傍にいてくれる。優しいから噛まないでいてくれる。……けして意思もなく、人間の奴隷としてこき使われているわけじゃない。心があって自分の心でやるべきことややってはいけないことを選んでいるだけなんです。……だから、“ナニナニの犬”といった時、犬、が奴隷や下僕という意味で使われるのには、私は納得がいきません」
確かに、それはそうかもしれない。
僕は改めてラノの目を見つめた。ラノは不思議そうに僕を見ると、やがて僕の膝にぼふっ、と頭を載せてきたのである。今度は背中をなでろ、と御所望らしい。よく手入れされている金色の毛はふかふかで、それでいて少し硬い。なかなか触り心地が良かった。
「……貴女の言う通りだと思います」
ささくれた心が、少しずつ穏やかな気持ちで満たされていく。犬は、本当に偉大な生き物だ。それこそ弥生時代とかそこらへんから人間と共存してくれていたという話ではないか。
そして今は、こうして人の心を安らげるための最高のパートナーをしてくれている。とすると、“政府の犬”の正しい使い方は本当は“政府の奴隷”ではなく“政府の忠実な仕事人、もしくは相棒”の方が正しいのではないか。
だって自分達だって、お上の言うことに一から十まで頷くわけじゃない。嫌なことは嫌だというし、無理なことは無理と言う。少なくとも、言える存在でありたいと思っている。――犬が時に、飼い主にちゃんとノーを突きつけることもあるように。
「僕達は、奴隷じゃない。……お前たちと一緒だ。心があるんだもんな」
「まうふ?」
「ふふふ、うんうん、そうだよなあ」
何もわかっていなさそうなラノの目が、たまらなくいとおしい。
どんな実力も、権力も、努力も、全てはやり方次第で使い方次第なのだ。どれほど罵倒されても、僕達は僕達が正しいと思う道を突き進みたい。己の力を過度に振りかざすことなく。
――優しい牙か。
僕もいつか、そういう誇りを持てるだろうか。
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