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「うー、さむっ」
仕事終わりのひんやりした夜。
シンは手をさすりながら、街路樹の横を歩いていた。
地元を離れて五年目になる景色は、そんなに変化を感じない人の流れと、流行に合わせて入れ替わる、飲食店。
季節は冬に近づく温度差の激しい秋。汗ばむほどの朝の気温に惑わされ、スーツと薄手の茶色マフラーだけで出勤したシンにとって、今日の夜風は肌寒い。せめて気を紛らわせようと、歩道に散らばる落ち葉を踏んで帰宅することにした。
サクッツ、パリッツ、クシャッ。
乾いた音を繋げたメロディは軽快で、思った以上に楽しめた。街路樹の区間が終わるとそこは駅前広場。改札を抜けてゾロゾロとやってくる人々に気をつかいながら、駅に向かう。
(駅前のホットチョコが飲みたいところだけど、女性の行列に仕事帰りの男一人は、ちょっと、ねえ。そこの自動販売機のホットおしるこで温まろっと)
そんなことを思いながら、シンは自動販売機に足を進めた。
「ねえ、シン。シンってば」
背後から、懐かしい幼馴染のココの声が聞こえた気がした。
ココは、遠距離恋愛になるからと、上京と同時に別れた元カノでもあった。高校の卒業式まで付き合ったシンとココの関係は、三年付き合ってキスまでだ。
(あーあ、俺、寒すぎて人恋しくなってるのかも。幻聴まで聞こえるなんてな)
冷えて思うように動かない指を息で温めながら、財布から百円玉を取り出しし入れて、後はボタンを押すだけのところで、見慣れない女性の手が『コーンスープ』のボタンを押した。
バラのハンドクリームの香りを残す、ピンクのジェルネイルをしたキレイな手。突然の出来事に驚き動けずにいると、その手がコーンスープを取り出し持ち去った。
「もーらいっと」
(はっ?)
それは、さすがにありえないと思った。我に返ったシンは後ろを振り向き、文句を言う。
「おい、ちょっと。あんた、何やってんだよ」
「えー。だって、無視するんだもん」
薄いピンクのワンピースにベージュのロングコート。風に揺れるウェーブの茶髪。
高校時代の面影を残した、無邪気な笑顔。
「えっ、本当にココなの?」
「あー、ココじゃなかったら、誰だと思ったのー?」
五年ぶりでも変わらず目を細めて憎まれ口を叩くココの姿に、シンの気持ちは抑えきれなかった。
ココの話を聞かせてほしい。思い出話も、近況報告も、話したいことは山ほどあるから。
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