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「ココ、あのさ」
「ヌフフー。シンの早とちりなところは相変わらずだねえ。わざわざシンに会いに来たことは本当だけど、シンとやり直すつもりはないよ?ほら、後ろ向いて」
「ん?」
貼るカイロをカバンから取り出したココは、シンの後ろに回り込んでワイシャツに貼り付けた。
「ココって、昔っから準備いいよねえ。いいお嫁さんになるよ」
「何よ、それ」
ワイシャツの中に手を入れヒンヤリした両手で抱き着いたココは、スーツの上着に額をつけた。背中のカイロの暖かさよりも手の冷たさがお腹を冷やし、シンの体温を下げていく。
「おいっ、冷たいって」
「あー、そうですか。シンのせいなんだから責任取りなさいよ。シン、好きな人できた?付き合っている人いるの?」
声のよく通る冷え切った静かな世界で、一台のタクシーが走り去っていく。
「なんだよ急に。さっき宣言した内容と真逆じゃん。ココ、何かあった?」
「何もないよ?ねえ、せっかくだから、この後、シンの家に行ってもいい?」
「は?」
シンはたじろいだ。思い出の中のココは、多少強引なところはあるけれど節度を守る人だ。つい昨日、地元で有名な先輩と結婚が決まったと、母の電話で聞いたばかりだったから。
先輩は、優しくて、恰好良くて、ご両親が資産家で。母は自分の娘のように喜んでいたっけ。
俺が女だったら、先輩は絶対に手放したくない相手。ココはきっと幸せになるだろう。だからこそ、部屋に招き入れることで、この先の幸せにヒビを入れるような真似をしていいものか。
(何もないわけ、ないだろうが)
ココに何もできないもどかしさで、シンは、裂けて血が滲むくらい、唇を噛んだ。
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