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武蔵も拳を握りしめる。……ただ握りしめる。エネルギーのようなものも、何か能力を発動した様子もない。
ただ握りしめていた。少なくとも銀杏からはそう見えた。もちろん銀杏は困惑を示す。
(どういうことだ……!?)
単なる近距離戦闘をする気か。そんなわけがない。何か。なにかしてくるはず。
(裏だ……裏を読め……何をしてくる……!?)
考える。考える。考える――それを武蔵は待っていた。
「『神の見えざる手』」
唱えた。ということは技である。気がついた時には遅かった。
「――ぐふっ!!??」
見えない何かが――銀杏の腹部を貫いた。衝撃は後方へ。銀杏の体はビルのガラスを突き破っていった。
神の見えざる手。それは、「市場経済において、各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される」という考え方である。
アダムスミスの考えたこの言葉。普通は経済などで使われる言葉であるが、今回は戦いにおいて使用された。
技の概要は名前の通り。見えない手で攻撃するというもの。腕の延長として基本的には使う。射程距離はそこまでない。だからこそ武蔵は近づいたのだ。
あまりにも咄嗟の出来事。銀杏も反応しきれずに攻撃を喰らってしまう。しかし――こんなものでは終わらない。
煙の中から現れた銀杏は、多少すす汚れているものの、まだまだ元気そうだ。戦闘続行は可能。余裕の笑みを顔に貼り付けている。
「体は温まったか?」
「まぁまぁだ。そっちは」
「――もうすぐで最高潮」
乾いた音が鳴り響いた。武蔵が両手を叩いたのだ。――瞬間、地響きのような揺れが辺りに広がっていく。
「さっきの龍は防いで悪かった。今度はきちんとしよう。真正面からね」
武蔵の後方。魔法陣のような、円形の何かが地面に刻まれた。
「刻み、許し、慈しむ――『東大寺盧舎那仏像』」
巨大。初めて見た時の第一印象はそれだろう。小学生の修学旅行で大半が訪れる東大寺。そこにあるのは『銅造盧舎那仏坐像』の本名を持つ巨大な大仏である。
740年。天平12年に災いから守ってもらうために作られたこの銅像。今現在、銀杏を倒すために差し向けられていた。
「……分かったよ。だけどそっちがその気なら、こっちも本気で行くからな」
周りの水蒸気が銀杏の方へと集まっていく。空に浮かんでいた雲も地面に吸い込まれるようにして移動してくる。
「ゆらりゆらりと揺らめいて――」
16方角。全てから集められた水蒸気の塊は段々と形を変えていく。魚……見たことのある魚。そう、それは――
「――『くじらぐも』」
――クジラであった。ビルを尾びれでなぎ払い、真っ白の吐息が地面に気流を作り出す。
「マジかよ……」
仏像に比肩、いやそれ以上の大きさ。思わず武蔵は冷や汗をかいた。
「ビビった?降参するか?」
「そっちがしてくれるならな」
「じゃあナシだ。さっさと始めよう」
第2ラウンド。早くも大技の発動。まさしく大波乱。感染している全員が胸を踊らせながら視聴を続けていた。
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