第一話 怪物との取引

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第一話 怪物との取引

 約半世紀に渡って地下に投獄してきた怪物との取引を命じられ、警視の牧田は警察上層部に強い憤りと失望を抱いた。  くそ、上の連中はまとめて狂っちまった! そうとしか考えられない!   昭和の時代に人々を震撼させた魔の化身を地下牢から自由にするという話だけでも信じがたい話なのに、警察の捜査に協力させるだと?  過去に多くの罪のない人間が奴の犠牲となった事を連中は忘れてしまったのか?    おかげで怪物の存在を隠蔽し、密かに投獄してきた努力も全て水の泡となるというわけだ。  ……やはりどうかしている。いくら常軌を逸した怪事件が発生しうる状態とはいえ、何十年も前に捕獲した怪物に警察のバッジを持たせるなんて!  間違いない。また道行く道が血で染められる。遥か昔に終焉したはずの惨劇がまた繰り広げられ事になるのだ。  だが納得がいかずとも、国家と警察組織に忠誠を誓った以上、命令は遂行しなければならない。  牧田は憎悪をこめて、その怪物が閉じ込められている地下牢を睨んだ。 「で、どうする? おとなしく我々の捜査に協力するか? 悪くない話なはずだ」    重厚な扉の横に設置してある小型マイクに向かって話すと、その横のスピーカーから重くおどろおどろしい怪物の声が返ってきた。 「……本当に警察の捜査に協力をすれば我をここから解放するのだな……」  壁、床、全てが鋼鉄の部屋に閉じ込められているため、怪物の姿は見る事はできないが、その禍々しい邪気は分厚い鉄の板を挟んでいても伝わってくる。 「だが完全な自由じゃない。24時間、相棒となる刑事の監視付きだ。そいつが捜査だけではなく、それ以外の時間も全てお前を見張る」 「……つまり、警察のために終日働けと? この我に国家権力の奴隷になれと言うわけか?」 「怪物として一生こんな地下の深くの牢屋に閉じ込められるよりはましだと思うがな。好きにしろ、強制はしない」  むしろ強制にでも拒否をさせたい。そうすれば怪物はこれまでどおり地下に閉じ込められたまま、罪のない一般市民に危険が及ぶ事がなくなるのだ。 「……さんざん怪物と罵り虐待してきたこの我の力を借りたいとなると、警察はよほど捜査に行き詰っているらしいな」    その言葉の後、スピーカーから警察を嘲るようなクスクスと笑い声が聞こえてきた。    牧田は挑発に乗って交渉の主導権を怪物に握られないように平静を務める。 「そんな事はお前の知ったこっちゃない。ともかく今ここで決めろ。このまま一生地下で牢屋暮らしか、警察の道具として協力し一般市民の平和に貢献するかだ」 「滑稽な話だが、警察の捜査に力を貸してやるのも悪くないぞ。しかし条件がある」 「なめるなよ、警察に条件を出せる立場だと思っているのか? この怪物が!」 「この我の手を借りたいというからには普通の刑事では取り扱いができない事件なのだろう? もう警察内部からも被害者が出ているに違いない」  「くっ!」  牧田は思わず歯を食いしばった。怪物ごときが警察を愚弄している事が忌まわしかった。 「ふざけがって、調子に乗るのも大概にしろ!」 「誰もふざけてなどいない。この我が不甲斐ない警察に協力してやろうか考慮しているところじゃあないか」 「ふざけているだろ! なんだ、そのべたな悪魔声と言葉遣いは?」 「……んー? どういうこと?」 「だからおまえ、普段そんな悪魔声じゃなくて普通の声だろが!」  まさか相手にキレられるとは想定していなかったので気まずくなってしまった、と解釈できる間が空いた。 「え……そのう、ほら、だって、警察が悪の怪物と取引ってやつじゃん? だからこんな声の方が雰囲気でると思ってだな……」  憤懣を堪えられなくなった牧田は思わず壁のマイク向かって声を荒げる。 「こっちは真剣に話してるんだ、怪物とはいえ真面目にやれ、真面目に!」  すると、面倒くせーな、こいつ、と抗議をするような舌打ちの音がスピーカーから漏れた。 「ハイハイ、分かった、分かったってば。何もそう興奮しなくたっていいじゃんか」  と、今度はこれまでの重苦しい魔物然としたものとは打って変わった普通の女の声がスピーカーから返ってくる。 「どう、この地声で満足? なんだよ、人をさんざん怪物呼ばわりしといて!」  そして、ぼそぼそと不満の声が付き足される。 「それに真面目にやれったって、この私を警察の捜査に使うってこと事態が一番の冗談じゃんか、まったく!」  牧田は一度咳払いをして自分を落ち着かせてから、話に戻った。 「で、どうなんだ、結論は? 我々の捜査に協力するのか?」 「だから警察の捜査に協力してもいいけど、こっちも条件を飲んでもらうっつの」 「調子に乗るなと言ったはずだぞ、怪物女が!」 「いやいや、いくら私が都市伝説の怪物とはいえだ、こんな地下牢に40年以上も閉じ込められたんだよ、つまり約半世紀だ! ただおんもに出してくれるだけじゃ計算が合わないっての。警察の捜査のために汗水流せってんだったら、こっちの要望の一つや二つをかなえてもらわなくちゃだね」 「クソ……どこまでもふざけやがって」  だがひとまず話だけでも聞かないと話が先に進まないと悟った牧田は憤激を堪えながら訪ねる。 「ならば我々の捜査に協力する条件はなんだ? 金か? 警察がおまえみたいな怪物に多額の金でも用意すると思っているのか?」 「金、いやいや、そんなまさか! 金なんてそんなもん魑魅魍魎の私にはまったく価値がございませんって。この私を警察の捜査に協力させたいってんのならばだ、警視さん、まず警察が私に用意すべくは……」   ***********************************   「あの怪物、ふざけた条件出しやがって! クソが! こうなったら潔く辞表を書いてこの狂った話から抜けさせてもらうぞ!」    警視総監の森田は憤激のあまり、自分の机の上に握り拳を叩きつけた。 「何を言っているんですか。もう決定したのです。今さら逃げることなんてできません」  警視監の間宮が咎めるような口調で続ける。 「少なくとも私は反対しました。あの昭和の怪物を地下の檻から解放する事には」 「捜査のためとはいえ、あの都市伝説を平和な世に放つのは私だって反対だ。先人の刑事達が奴を捕らえるのにどれだけの地獄を見たか知ってるしな。だが公安委員会からも重い思い圧力を駆けられた。どうする事もできん」 「しかし、あまりにも危険すぎます。いくら万が一の時に備えて刑事があの怪物を監視するとはいえ、もし怪物が逃げて一般人を襲い始めたらどうするのです? 間違いなく奴はまだこの世を憎んでいるはずです」  間宮は畏怖を表情から隠す事はしないまま、大きく首を横に振った。 「死人が、必ず多くの死人がでます、総監。いくら刑事が24時間あの怪物女の見張りにつくとはいえ、人間が怪物を手なずけるなんて無理だ。あなただって分るっているはずです」  「ああ、そうだな、まず不可能だろう。しかも昨日まで学生だったも同然の20代の青年の刑事に捜査と怪物の監視を押しつる事になるとは!」  言うと、森田は投げやりになったように机の上に足を投げ出した。 「公安委員会のお偉いさんが何を考えているか知らんが、この計画は失敗のうえ、その新人刑事はただの怪物の生贄になっておしまいだ! そしてあの怪物はまた罪のない人間を襲い始めるだろうよ、あの昭和の時代のようにな!」
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