第十二話 赤い福音

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第十二話 赤い福音

「今回、お前らが捜査をするのはカルト教団・赤い福音だ」  伊瑠沙が改めてプロジェクターに指示棒をさした。その写真に写っている人々は男女含め主に20代前半から40代後半の年齢と思われ、赤色に塗れた服装以外はただの無個性な人間達にしか見えない。 「赤い福音の信者は確認できているだけ約160人。全員、教団のユニフォームともいえる赤い衣服を身にまとい、近い将来、赤き大神が巨大魔神と共にこの世界を浄化し、信者達を精霊としてあの世に迎えて素晴らしい来世を約束するというクソみたいな戯言を一人の漏れなく信じている哀れなキ〇ガイ連中だ」    軽蔑の眼差しで伊瑠沙が言うと、今度はスクリーンの画が体のどの部位にも筋肉が残っていないと思えるほどやせ細った小柄の老人の姿に変わった。 「そして、このジジイがこの教団の今の主だ。本名も出身も正体は今も掴めていないが自らの村に出家させた160人の信者達から“真師”と呼ばれ、神のごとく崇められている」  と、理沙がその画を見て渋い表情をした。 「いやいや……まさかその死にかけのヨボヨボの爺さんが、都市伝説を地下牢から出してまで闘わせようとしている凶悪なモンスターってわけか? あー……正直、期待外れっつうかなんつうか……ま、感想はそんなところつうか……」 「そうだな、写真を見ての通りこの教祖ももう長くない。末期がんに侵されていてもうじき死ぬ。天に昇るか地獄の底に落ちるかは私の知ったこっちゃないが、下手をしたら今晩にでも命が尽きる。まあその時は“残念でした”の言葉ひとつくらい送ってやってもいい」    須藤が教祖の写真を見ながら眉をしかめた。 「教団に後継者は?」 「いない。この真師は子宝に恵まれず、第一の妻が昭和の時代に、第二の妻も平成の時代に病死し子宝に恵まれず、教祖は血縁のない者を跡継ぎとする事を認めなかった。本来ならここで教団は消滅、または小さく分裂し、わざわざ警察から警戒される事はないはずだった……」 「だった?」  理沙と須藤がきょとんと顔を合わせると、今度はスクリーンに行く手に分かれてスチール製の大型ケースを運んでいる信者達の姿が映し出される。 「教団に接近した私の部下から送られてきた最後の写真だ。この信者達がたいそう丁寧に運んでいるケースの中身までは確認できていないが、注目すべきはこの写真の端に写っている醜い豚面のデブだ」  画面の左端がズームアップされ、そこでは信者達向かって何やら指示を出している軍服を着た肥満体の男の姿が映し出されている。 「この豚の名は智明・スミス。元米軍の兵士で日本に駐屯時、ヤクザに銃器を密売していたが、その後も傭兵や銃の密売人としてとして長きに渡って世界的に指名手配されてきた三下の豚野郎だ」  理沙が興味深そうに身を乗り出した。 「武器の密売人?……となると教団の信者達が御大層丁寧に運んでいるそのケースの中に入っているのはまんまその武器の密売人の販売主力商品って事か、いやはや……」 「売人が教団の敷地内で信者にブツの搬入の指示をしているからにはそう思われる。教団が畑の肥料をわざわざ銃の密売人から買うわけがあるまいしな」  須藤が驚嘆の声を上げる。 「え……いやいやそんな、バカな。彼らはカルトとはいえ、宗教団体ですよ。銃を利用する理由がありませんよ」   頭の回転が遅い生徒を憐れむような目で伊瑠座が答える。 「このキ〇ガイ連中は数十年前から危険なカルトとしてマークされている。理由は簡単、一般市民への詐欺及び恐喝同然の心霊商法に留まらず、教団の脱会者や教団の悪行を調査していた報道陣から不慮の事故による死傷者が出た過去がいくつもあるからだ」 「え?……」  教団のきな臭さを理解したように理沙が真剣な眼差しになった。 「つまりだ、そんな怪しい前科たっぷりで暴力上等の武闘派カルト教団に重武装の疑いがでたんで、警察としては放っておくわけにはいかないってわけだ」 「そういう事になる。信者達が運んでいるケースの容量はおおよそ150L。報告によれば教団が元傭兵のブタから買ったケースの数は300前後との事。さてさて、これが本当に火薬関係のブツだとしたら、この迷える子羊どもはこれらの大量の銃器をいったいどこでどう消費するつもりだ?」 「いろいろ想像が膨らむね、すべて悪い犯罪の臭いがするけど」  伊瑠沙が強い眼差しで頷く。 「私の部下からの報告では信者の連中は近々“祝祭”を行うと浮ついていたそうだ」 「え? 祝祭……ですか?」須藤が気味悪そうな顔で尋ねた。 「そうだ、教団がどんな祭りを催す気なのか詳細はまったくつかめていないが、当日、巨大魔神を操って派手な祭りにする気らしい」  理沙が怪しげなワードに相応しいくらい顔をしかめた。 「巨大魔神? なんじゃそりゃ? でかい仏像さんでも使うのかね? それともでかい信者に着ぐるみでも着せる気か?」 「さあな、キ〇ガイ連中が何の事を巨大魔神と言っているか見当がつかんが、奴らが爆買いした不穏なブツから考えて、とても穏やかな祭りを行うとは想像しがたい」 「……そこで僕らが独自に教団の捜査をして重武装の有無と、教団が行う祭りの正体を掴んでこいという事ですか?」  おずおずと聞いた須藤に伊瑠沙が指示棒の先を向ける。 「ご明解だ。今、自分で言ったようにお前ら二人の任務は教団に潜入し、奴らが言う祭りの内容と、それが行われる場所とスケジュール他できる限りの情報を持ち帰ってくる事だ!」  迫力のある声で言われた須藤がビシッと背を伸ばした。 「りょ、了解しました!」   と、そこで理沙が物臭そうに顔を歪めた。 「やれやれ……OK、ま、楽でクリーンな仕事が回ってくるとは思ってなかったけど、捜査させていただいますか。どっちにしろ、私は捜査して悪行を止めるしかないんだしね」 「理解したのならば結構。ならばいつまでもこんなところで駄弁らず、早速、キ〇ガイ教団の捜査に出向いてもらう。特に口裂け女、お前は気合を入れろ。また地下牢に戻されたくなければな! それが解放の条件なのだろう?」 「まあ、そんなとこ。世の中、過去に傷があるもんにはいろいろ厳しくてね、ほんと」 伊瑠沙は自分の命令に注目させるようにまた指示棒で机を強く叩く。 「本日、教団NO.3の幹部“昇麻”という男が赤い福音の村で講演会を行う。その実態は布教活動、すなわち新規信者獲得のハンティング。その講演会に参加、教団に潜入し情報を集めろ。なんだったらその場で出家して信者になってもかまわん。できるだけ早急に奴らが行うとしている“祝祭”の実態を把握するんだ。平和な街でやっかい事が起きる前にな!」 「それで……これまでの話に出てきた教団に接近していた刑事は今も捜査を続けているのでしょうか?」  須藤が心配そうな面持ちで訊いた。 「……分からん。数日前に連絡は途絶えたままだ。だが今は与えられた捜査に集中だ。奴の無事は祈るが、低い可能性なだけに無駄な期待はしない。残念ながらな」  絶望的な回答に思わず須藤は唾を飲んだ。正直、先日まで交番務めのお巡りだっただけに本格的な捜査経験はまったくない。 だがベテランの組織犯罪対策課の刑事でさえ無事に帰ってくることができなかった敵地に潜入しなくてはならないのだ。  そう考えると須藤の足元が心なしか震えだしてきた。 「う?……」   理沙は今から怖気づいている須藤のジャケットの襟元を強引に引っ張り立ち上がらせる。 「はい、そうと決まったら、早速ちょっくら出かけるよ、マー坊」 「現地で何か動きがあり次第逐一報告しろ。いいな?」  理沙と須藤に命じると伊瑠沙はまたどこかに隠されている盗聴器に向かって大声を出す。 「聞いたか、公安の凸凹コンビ二人組。どうせ暴走時の処刑として口裂け女についてくいのだろ。お前らの仕事の邪魔はしない。だがこっちの捜査の足手まといになったり、こちらの協力を拒んだらキ〇ガイどもではなくこの私がお前らの墓穴をお前らの家族に掘らしてやる。脅しじゃないからな!」    外のステップワゴンの中で「あれ、俺達また脅された? え? あれ、なんで、なんでこんな流れなったんだ!」と声を上げて当惑しているであろう尾上と元木の盗聴器に向かって理沙そうが声を上げた。 「というわけだ、出かけるよ、私の処刑係のお二方。悪のカルト教団に潜入捜査だ! 皆でちゃっちゃと悪の教団をやっつけるよ!」  言い、力強く拳を上に突き上げると、理沙は緊張で表情を凍らせている須藤の首根っこを掴んだままその体を引きずるように捜査本部から出て行った。    事務所に一人になると、伊瑠沙は鞄の中から取り出した手巻きのタバコを一本くわえ火をつけた。 「口裂け女か……一見、陽気なギャルのお姉さんぶってる様だが、私は騙されん。警察が残虐のあまり世間に公表しなかった貴様の過去の凶行の数々、全て知ってるぞ、この鬼畜の怪物め!」  言い、伊瑠沙はゆっくりと煙を吸って吐いた。 「上層部のクソ連中が何を裏で企んでいるか知らんが、捜査に役立つのなら怪物の正体、見せてみるがいい……」
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