第十三話 悪の教団NO.3の男 

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第十三話 悪の教団NO.3の男 

 真師を乗せた車を先頭に信者達の車が次々と持ち場へ向かって走って行く。   「ついにこの日がやってきたぞ。巨大魔神も力を貸してくれる、皆、世間の堕落した連中にたっぷりと思いをぶつけるがよい。これはテロではなく祝福なのだ。だからとことん手加減なしに人々に喜びを与えるがよい。それが彼らのためなのだ……」    勇ましく出発をする信者達向かって祐華がそう感情を高ぶらせていると、汗と酒が混じった不快な臭いをさせた大柄の中年の男が祐宗の背後に現れた。    教団のNO.3に地位に胡座をかく幹部の一人“昇麻”だ。 「祝祭の準備は計画どおりに進んでいるようだな」  昇麻が二日酔いで淀んだ目で言った。  祐華の目が一瞬にして憎悪のこもった毒々しいものに変わる。  この昇麻という五十代後半の男は詐欺師の家に生まれ、教団に出家するまでは親の悪の血を引き継ぐように偽物の投資話や暴力による恐喝で多くの人から金を騙し取って私腹を肥やす人生を送ってきた、まさに正真正銘のクズとしか評価ができないような男だ。  だが数年前に自身が食道ガンという重病にかかると、突然、神からの天罰と己の死後の魂の行先に畏怖を覚え、慌てて我が教団に飛び込んできた。  その病気に関しては早期治療で事なきを終えたが、幹部の地位についた事に調子づいたか、不愉快な事に今でも図々しく教団に居着き続けている。   「ついに祝祭が始まる! 武者震いが止まらねえぜ! 見てろ、巨大魔神と一緒に街中を火の海にしてやる。そして大神に認められ、教団の幹部に相応しいリッチな来世を俺は頂戴するんだ。地獄でつまらねえ罰を受けるなんて冗談じゃねえぜ!」   この人間のクズのアル中が真師から“昇麻”という名を授かり、形だけでも教団のNO.3の座に上り詰められた理由は一つ、身にこびり付いている詐欺の技術を用いて、一般人相手に多大なる霊感商品の売り上げを作った事、ただそれだけだ。  その事実がますます祐華の昇麻に対する軽蔑の念を大きくさせる。 「だから、巨大魔神を操って街を破壊する仕事は俺にやらせろ! 俺を真師様のいる最終戦地に配置し直せ。この俺様なら誰よりも巨大魔神を操れるはずだ!」 「いいや、無理だ。魔神がお前に共鳴しないし、お前ごときが魔神の何を知っているというのだ。それにお前には真師から与えられた役割があるだろう」    昇麻が教団の最大の祭事の際に与えられた役目、それは教団が平常と変わらない行動をしていると警察と世間に装うため、普段行っているとおりに教団の講堂で新規信者獲得のための講演会を行う事。  先日、警察の組織犯罪対策本部の刑事が信者に接近してスパイ行動を行っていた事が発覚したため、最後の最後まで警察に祝祭の事を気取られるのを防ぎたいという真師のご意向だ。   「納得いかねえ! 教団にとって最大の祝い事が行われるって時に、なんで幹部のこの俺様が講演会なんか下っ端の雑用をやらなくちゃいけねえんだ! 俺を誰だと思ってる? 教団幹部の昇麻様だぞ! 本来なら幹部の俺様が巨大魔神を操って都市を吹っ飛ばすべきなのに、ふざけやがって! クソが、クソが、クソが!」   「ほお、つまり真師様と私の決定に文句があるというのか、昇麻?」  言い、祐華が教団のNO.2の地位を主張するような高圧的な視線で睨むと、昇麻は不満を表情に残しながらもその荒れた姿勢を正した。 「くっ……仕方がねえ………分かったよ。それじゃ、俺はいつもの通り、残りのザコ信者達と新規信者勧誘の講演会をやってやるよ! その後、お前と真師がいる巨大魔神の元で合流、そして最後の闘いに参戦だ、それで満足だろ? 畜生め」 「そうだ、あまり私と真師をイラつかせない方がいい、幹部であろうとな」 「ケッ!」と昇麻は祐華に対して当てつけるように舌打ちし講演会場に向かい出すと、数歩進んだ所で、突然、何かを思い出したように振り返った。 「あ、そういえば女子高生、一人、逝っちまったぞ、祐華」 「女子高生?……何の話だ?」 「ほらよ、真師のお供をする精霊として4人の女子高生連れさらってきたろ? そのかわい子ちゃん達の一人と話をしようと思って、ちょい強引に部屋に連れ込んだら、そのガキ、俺に何か酷い事をされると勘違していきなり窓から飛び降りやがってよ!」 「おい……お前何を言っている?」 「な、驚くだろ? 部屋の鍵を閉めたら窓からすぐにダイブだぜ。さすがの俺も焦るよな」 「このクズが! 娘に手を出したのか? あれは真師のお供のために用意した汚れのない女子だ! お前の快楽なんかのために連れてきたんじゃないぞ、昇麻!」 「誤解だぜ、俺が少女に性的暴行を働くとでも? あの小娘が勝手に死んだんだ。それに俺はただ悩める少女とお話をしようとして部屋に連れ込んだだけだぜ。なんせ俺の方も教団の幹部ってプレッシャーで疲れていたからお互い癒しになればと思ったのよ。まあ、確かに多少は顔をはたいたかもしれねえが、それも男の愛嬌の範囲だぜ。分かるだろ?」  以前から昇麻の女性信者への性的虐待の噂は聞いていた。一度に限らず幾度もだ。  報告が入る度に湧き上がる激昂を堪えて事を荒立たせずにきたのも、相手が教団の幹部ゆえだったが、さすがにもう限界だ。 「おいおい、待てよ。そう怖い顔すんなって。いよいよ祝祭が始まるって時に幹部同士が喧嘩ってのはいただけねえな。今、一番大事なのは身内でいざこざを起こすよりも祝祭を成功させて哀れな一般の人間達を精霊にしてやる事だろう? 真師様だってそう言うはずだぜ」 「くっ!」  祐華が胸を鷲掴みにする直前で手を止めると、昇麻は挑発するように一度笑みを見せてからまた背中を向けて歩き出した。 「それじゃ、俺はご要望の講演会だ。終わったらすぐに現場に駆け付けるからまたその場で会おうぜ、真師様のかわいいかわいい一番弟子さんよ。それまでヘマして警察になんか捕まる事がねえといいな! 無論、そうなった時は教団のNO.2の座と巨大魔神は操る使命はこの俺様が頂きだがな!」  怒りの感情を叩きつけるように昇麻の背中を強く睨むと、祐華は携帯電話手に取り、ダイヤルした。 「葵深か? 人間のクズの相手にしていたら私も出発の時間が来てしまった。車を回せ、今すぐ村から出て祭事場に向かう」 **********************************  地下牢で少女達は震えていた。井森安奈、坂口真澄、吉野公子は赤き福音の信者達に拉致されてきてからというもの常に震えていたが、いまや恐怖で制御できないとばかりに激しく体を揺らしていた。 「ど、どうしよう、池谷さん、帰ってこない……」  安奈が涙ぐみながら言った。拉致されてきた四人の一人、池谷淳が数時間前に教団NO.3の幹部だという中年の男に連れていかれてから戻ってこない。 「こ、殺された。あの酒臭いオッサンに殺されたんだよ、池谷さん! 私達も殺される」   公子が恐怖のあまり叫ぶように言った。  恐怖を押し殺しながら真澄が強い眼差しで声を上げる。 「もう限界! 皆、こんなキ〇ガイの村からとっとと逃げようよ!」  と、安奈が宥めるような口調で言う。 「待って、先走った考えをしない方がいい。連中はなんかの宗教団体だから大人しくしていれば人の命を奪うなんて事まではしないと思う」 「けど池谷さんが帰ってこない!」  真澄が現実を突きつけるように強い口調で言った。 「池谷さんがあれからずっとお茶でもしてると? 違う。レイプされて殺されたんだよ。連中は平気で人を拉致して監禁する変態なんだよ!」 「でも、どうやって逃げる気? 見て、私達はつながれているんだよ!」  言い、安奈が足首の鎖をジャラジャラと鳴らした。 「なんとかなる! もうそろそろあの目の瞳孔が開きまくった信者が私達に食事を持ってくる。奴がいつも腰に鎖の鍵をぶら下げてるのを見た!」  そう言った真澄の意思を察したように、安奈が驚嘆の表情を浮かべる。 「でも奴は180㎝以上あるし、腕もすごく太かった! 私達じゃ無理だよ、怖いよ!」 「もうやるしかない! 奴から鍵を奪って逃げる。このままここで死ぬのは嫌だ! パパやママや弟の元へ帰りたい! あんただって自分の家に帰りたいでしょ?」 「でもたとえこの地下から出れたって、ここは山奥だろうし、周りには大勢の信者達がいるに決まってる。外へ出てからどうする気なの? 追いかけられたらすぐに捕まる!」 「分からない。ほんと分からない……でも……どっちにしたってこの地下室から外に出なきゃ何も始まらない。そうでしょ?」  安奈は俯いたまま顔を上げない。希望などとても持てないと言わんばかりに。 「生きて家族や友達にまた会いたかったら、やるしかないよ、私達……後はそうかな……」  都合が良すぎる希望を抱いている自分を自嘲するように、真澄は微笑んだ。 「私達を助けに警察の誰かがすぐ近くまで来てくれている事を祈ろうよ……期待できない話けど……」
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