第十五話 敵地の中で

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第十五話 敵地の中で

 講堂に入ると、すぐに教団の赤い衣服に身を包んだ若い女が不気味なほど両頬を釣り上げた笑顔で須藤と理沙を迎えた。 「ようこそ、赤い福音へ!」 「ど、どうも、す、すみません、遅れまして。こ、講演会はもう始まっていますよね?」    須藤が緊張丸出しの顔で言葉を噛みながら尋ねると、教団の女は吊り上がった笑みを浮かべたまま返答する。 「問題はありません。途中からの参加も可能です。どうぞ中へお進みください」  言いながらも教団の女は前に進むのを遮るように須藤と理沙の前に立ち、両掌を広げた。 「しかし、その前にカメラ、スマートフォンなど撮影、録音機能が付いたものは持ち込み禁止となっていますので、今ここでお預かりさせて頂きます」 「え、 そうなんですか?」と須藤は不安な顔をして言った。 「申し訳ございません。この村に訪問してくる方々は心の清らかな人が多いのですが、中には講演会をおもしろおかしく撮影して、教団を中傷誹謗する心のない者もいますので、教団の名誉と信者の個人的人権を守るためにもスマートフォンはお預かりさせていただきます。それが会場内に入る条件となります」 「やれやれ、しょうがないか……」と、不満そうに軽く息をつくと理沙はポケットに入れていたスマートフォンを女の掌の上においた。  やむを得ず須藤も倣うようにスマートフォンを差し出す。    まだ須藤のポケットの奥に公安の二人組から渡されたボタンタイプの盗聴マイクが入っているが、これでこちらから外側へ通信する術はなくなった事になる。  女は二人のスマートフォンを無造作に自分の衣服の懐に押し込むと、会場への先導を始める。 「さあ、こちらが会場です。昇麻様のお話が始まっているので静かに席へどうぞ」  須藤は気後れしてすぐに足を前に出せないが、理沙はずかずかと会場の中に入って行った。 「さあて、教団のお偉いさんの神々しい姿、ご拝見といきましょうか!」 「あ、ちょっと待ってください、警部……」  須藤が慌てて理沙を追うと同時に、背後で大扉が音を立てて勢いよく閉められた。ここからもう逃がさないと宣言するかのように。 「うっ…………」  会場に閉じ込められると須藤は先に進む理沙の後につき、おどおどと会場を見回す。  座席数は資料では100席ほど。しかし、天井が高く席と席の間も広くとられているため閉塞感はない。  すでに講演会を受けに来ている中年カップルや、学生らしき男女などの一般人と思しき人間の姿が十数名ほど見受けられるが、この聴衆者達の正体が教団の信者、つまりサクラだと須藤はすぐに確信を持った。  なぜなら来客用の駐車場には自分と公安二人組のもの以外まったく車がなかったからだ。  となると今、自分と理沙の周りはすべて危険なカルト信者達で囲まれている状態となる。 「…………」  須藤は額に溢れる冷たい汗を袖でふき取った。 「よし、マー坊。ここにしようか」  理沙に促されるまま須藤は舞台から四列目の真ん中の席に腰を下ろす。    舞台では教団NO.3の幹部である昇麻がマイクを握りしめ、熱く語りを続けている最中だ。 「赤は我々の血流の色、情熱の色、美しき薔薇の色、我々の幸福な将来を形成するのに必要な原動力、感情に癒しを与える、神が人間に託した神聖なる色。我らが大神もこの世にいらした頃は我々、信者同様常に赤い衣を身に纏っておられた。つまり赤は現世と来世の幸福を約束する色である! そして、我が赤い福音の信者たちは解脱されるのである!」    えーと……困った……ぜんぜん何を言っているのか分からないんですが……と、須藤が唖然とすると、一般人の皮をかぶった信者達がスタンディングオベーションで昇麻に拍手と喝さいを送った。 「ええええっ!」 「ああ、まったくもってその通りだ、素晴らしいぞ、この教団は!」 「あなた、すぐここへ入信、いえ、財産をすべて寄贈して教団に出家しましょう!」    いやいや、サクラとはいえベタすぎるにも限度があるでしょう!  という悲鳴交じりの言葉を須藤が堪えると、感動のそぶりを見せない二人組に会場の信者全員が注目した。同じ人間の目から放たれているとは思えない、冷たい凶器と視線で。 「えっ!……」  プレッシャーに耐え切れずに立ち上がり、須藤は引きつりまくった顔で拍手を送りだす。 「い、いい、いやあ、その通り、素晴らしいお言葉だ。な、なんだか分からないけど感動したなあ、うんうん!」  その横で理沙が退屈だと言わんばかりに声を出して欠伸をかいた。 「ふぁああああ~!」 「って、ほら拍手してくださいってば! 信者達に調子を合わせて! 周りから目をつけられてますよ!」  そう緊迫した声で囁きながら須藤は肘で理沙の肩をつつくが、理沙は退屈そうな表情を崩さず、今にもまた大きく欠伸をかきそうな表情だ。 「てか真面目にやってください、警部。不審がられないよう信者達に同調してくださいってば! 本気でめちゃめちゃ怖いんですが!」  肝を冷やしながら須藤はまた辺りを確認すると、信者達は全員がまだこちらに静かに視線を向けたままの状態だ。 「…………い、いや……ハハハハ……」  と、須藤がごまかすように固い愛想笑いを浮かべた時、舞台裏から妊婦と思われる腹を大きくした女が現れた。舞台の裏にいたため、会場の今の空気が読めなかったと思われる。    すると、それが講演会の台本通りの流れなのか、信者達は顔の向きを舞台に戻し、昇麻も大仰な語りを再開し始めた。 「見よ、我々の家族となった事で大神様から祝福を受けた女を! この女はどこの病院でも子供が産めないと診断された。だがどうだ、我が教団に出家したとたん、この信者は天から子を授かることができた。教団に忠誠を誓った事で大神様から慈愛を与えられたのだ」  妊婦が天に向かって両腕を広げ、棒読みで叫ぶ。 「ああ、世間からゴミのように捨てられた私でも、大神様は愛をくださった!」  「そう! この信者は子供を授かるだけに留まらず、家庭を作り、人生を夫のために尽くすという女としての幸せを手に入れた! まさに大神様が起こした奇跡といえる」  昇麻が力強くそう声を上げると腹を膨らませ妊婦の信者はそこで歓喜の涙を流し、座席にいる信者達も同様に目に涙を溢れさせながら喝采の拍手を送った。 「なんて素晴らしい話なんだ。よかったね、おめでとう!」 「大神様から愛をもらえておめでとう! 私も大神様から女の幸せをもらうわ!」  その時、教団の感動の場面に水を差すような大きな笑い声が座席から会場内に響いた。 「ガハハハハハハハ!」  信者達が一気にシーンと静まり返った。  そして殺伐なものに変貌した大勢の顔が須藤のいる席の方向に向けられた。 「え……」  と、須藤は自分じゃないとアピールするためにしらじらしくあちこちを見回す。  間違いなく犯人である理沙は何事もなかったようにすました顔をしている。 「…………い、いやいや、ちょっと……」と血の気のない顔で須藤が理沙に囁いた。  会場が静まり返ったが、昇麻は台本通りに進めることを選択したかのように猿芝に戻った。 「この信者は人生を夫のために尽くすという女の幸福を掴んで……」  「ワッハッハッハッハ!」  また教団のNO.3をあからさまにバカにするような大笑いが会場内に響きわたった。    さすがに今度は昇麻も見過ごさなかった。 「誰だ? 今の笑い声は?」  犯人を確信したカルト信者達が視線を理沙に集中させる。 「うっ……」と、金縛り状態になる須藤。  理沙は悪びれる事無く両肩を傾げ、舞台の昇麻向かって声を上げる。 「いやあ、ゴメン、ゴメン。ありがたい神様の話を聞きに来たら、突然、演歌ショーが始まっちゃったんで思わず笑っちまった!」  理沙の悪意が含まれているコメントに信者達がざわつき始める。 「え、演歌ショーだと?……教団の幹部であるこの俺のありがたい話を演歌ショーだと?」  昇麻が遠くらからでも見て分かるほど体を怒りで震わせ始めた。 「んで、次は何? 着てはもらえぬセーターを編んじゃうのかな? もしかして、ウヒャヒャヒャヒャ!」 「ちょっと、シーッ! 目的を忘れちゃだめですってば、僕らは教団のありがたい話を聞きに来たんですよ!」  須藤は口を閉じて調子を合わせろといわんばかりに、理沙に向かって死に物狂いでバチバチとウィンクをする。 「なんだ、マー坊。約半世紀、世の中をお留守したけど変わってないものは変わってないってか?」  理沙は須藤の静止に構うことなく、舞台の妊婦向かって声をかける。 「ヘイ、そこのハラボテの姉ちゃん、給料いくら貰っている? ちゃんと他の男子信者と同等の額もらってるかい? あ、出家してるから無償で教団に奉仕か。そこはちゃんと男女平等ってわけだ!」   教団の幹部がコケにされた事で回りの信者達の目が明確に敵愾心のこもった鋭い視線に変貌した。 「ひぃぃぃぃぃぃ!……」とかすれた声を上げ、顔面冷や汗まみれになる須藤。  出口は閉ざされ、周辺は自分らを取り囲むように信者がいる。数は全部で二十人前後、どちらにしろ多勢に無勢、強行突破で逃げるのは不可能に近い。  須藤がおろおろしている間に信者達が一人一人静かに席を立ち始めた。いつでも襲撃できるかのように。  立ち眩みを起こしそうなほどの緊張と畏怖に襲われると須藤は慌てて立ち上がり、人差し指の先を理沙に向け、会場の信者全員に訴えるように強く声を張り上げる。 「み、皆さん、この女はアホです!」  信者達がきょとんと目を丸くした。 「み、見ての通りまったくもってのアホです! 脳みそが悪魔に取り付かれてしまったのです! ああ、悲しいかな、おかげでこの女は数多くの医者からも見捨てられ、もはやこの腐って穢れきった脳を救う術がなくなり、我々は大神様に助けを求めてやってきました!」  昇麻が顔をしかめた。 「ア、アホだと?……」
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