第十九話 万事休す

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第十九話 万事休す

 伊瑠沙のスマートフォンの画面に映っている黒人少年・クロが舌を大きく出しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。 「ご主人様、ご主人様、早く僕らを躾けてくださいませ、ワン!」  と、次はビデオ通話の画像を撮影していた白人少年・シロがカメラの向きを自分の顔に向けた。 「キャン、キャン、キャン! もう僕らはお留守番耐えられないワン! 早く家に帰って僕らを躾けて欲しいワン!」  伊瑠沙は実の母親のような優しい微笑みを浮かべながら返答する。 「フフフ、もうしばらくの我慢だ。仕事を終えたらオヤツをいっぱい買って帰って、たっぷり躾けてやるから、それまでおうちでいい子にしているんだぞ!」 「ワンワン! 帰りはいつになるワン! 遅い時間になったら僕ら悲しいワン!」  伊瑠沙はふと自分の腕時計に目をやる。 「午後4時……もうとっくに講演会終了の時間は過ぎている。なのに何一つ報告の連絡がない……」  そこで伊瑠沙は組織犯罪対策本部の重鎮兼女王様の冷徹な表情に戻った。 「まさか初日の第一手から修羅場になっているのではあるまいな?……」 ***********************************  拳銃を構えた姿勢のまま対峙し、理沙と元木がじっと信者達と睨み合いを続けていると、 今度は外から自動ライフルを持った狙手の信者三人がドアを蹴破り、乱入してきた。 「銃を降ろして昇麻様を返せ、異教徒ども!」  その中の一人が怒声を上げると共に、三人が揃って自動ライフルの照準を理沙と元木に定めた。 「おやおや……お外に狙撃係がいたわけだ。こりゃまた賑やかになったね」  顔を真っ青にしながら理沙の背後と、元木の背後で身を潜める須藤と女子高生達。  そこへ銃器を構える信者達をかき分け、上草が前に歩み出て来る。 「こうにっちもさっちもいかない状態になったからには話し合いでいこうじゃないか? 異教徒の悪魔ども。いったい目的はなんだ? 昇麻様を誘拐してもお前らには何の得はないはずだ」 「そうとも言えないね。ちょっとこのオッさんにいろいろ問う事があってね。例えば“祝祭”の事とかね」  上草は異教徒の悪魔の想定していない言葉が出た事に不意を突かれたか、うっと声を上げてショックを受けた表情を見せた。 「な、なんでお前らが祝祭の事を……」  信者達も衝撃を隠せず、無言のまま大きく目を見開いた。 「…………」  その何人かは動揺のあまり、おどおどと顔を揺らし始める。 「いい反応ごちそうさん! 悪いけど警察はあんたらの“祝祭”ってイベントに興味があってね。丁度、警察皆でそのイベントに参加させてもらうか、巨大魔神が登場する前に強制終了させてもらうか検討中でね。結論を出すために是非、昇麻みたいな幹部さんに協力願いたいってわけだ」 「ふざけるな、俺はお前らなんかに何も喋らねえぞ! 俺を誰だと思ってやがる! 真師から選ばれた教団の幹部なんだぞ!」  感情的に怒号を上げる昇麻とは違い、上草は冷淡な目で他の信者達の顔を見回し、その反応を窺う。 「…………」  信者達はその視線に気が付くと、何かの意図を感じとったように静かに頷いた。 「そうか……先日、警察のスパイがこの村を嗅ぎまわっていたが、やはり祝祭の情報が漏れていたか……まさか巨大魔神の事までも知られてしまっているとは……」  敗北感で打ちのめされたように涙で目が潤っている信者も数名いる。 「ま、あまり天下の日本警察を舐めないほうがいいって事だね。ともかく場合によっちゃあんたらの幹部様が大事なイベントを前に頭が丸ごと吹っ飛んじゃうから、ここは素直に私達を逃がすのが利口だね」  理沙は見せつけるように銃の先で昇麻の後頭部をつつく。 「クソ、てめえこの異教徒の悪魔らのいう通りにするか、根性決めて俺を助けるかとっとと決めろ、この役立たずとも! そもそもお前らがしっかりしてれば俺もこんな目には合わなかったんだぞ。まんまと刑事を講演会に潜入させやがって! 後で幹部の俺様が味わった分の屈辱と痛みをお前ら底辺の連中にも味合わせて償わす! 覚えてろよ!」 「さて、今度こそ大人しくここから出させてもらうよ、信者の皆の衆。大丈夫、昇麻ちゃんには後で信者の誰にも怒らないようきつく言っておいてやるから、うん、ほんとに。そこは約束しよう!」  上草は何かを確認するようにもう一度、信者達の顔を見回した。  信者達が覚悟を決めたと言わんばかりに強く頷く。  確認を終え、深く溜息をつくと上草は改めて己の回転式の拳銃を構えた。 「いいや、お気遣いは結構だ、異教徒の悪魔よ。もう我々は最初から心得ている。祝祭を守るためにどうすべきかをな!」  そう言うや否や上草は冷酷な表情で発砲し、昇麻の左胸に銃弾をぶち込んだ。  周辺が静まり、冷たい空気に包まれた。 「へ?」と昇麻。 「へ?」と理沙。  理沙と昇麻はそう間抜けな声を出しながらお互いの顔を見合わせた。 「!!…………」と戦慄の表情になる須藤、元木、真澄、安奈。  そして「ぐ……」と微かに声を発すると昇麻は体の全部の力を一気に抜かれたように前のめりになって倒れ、そのまま絶命した。  死体となった昇麻の背中を点になった目で見つめる理沙。 「え……あれれ?……」  信者全員が銃口を向けながら、人質もおらず今やただの標的になった理沙達を見据える。  その目には命を奪う事への戸惑いの色が全く伺えない。 「あー……そのう……待て、待つんだ、信者の皆の衆……うん、全員殺る気満々の目だがここはちょっと待て」  言い理沙は須藤達向かって振り返ると、ごまかすようにかわいくテヘへっと笑った。 「いやあ、まいったまいった……こりゃ万事休すだわ! メンゴメンゴ!」  背後にいた須藤、元木、真澄、安奈が恐怖と理沙への抗議が混ざった悲鳴を上げる。 「ひいいいいいいいいい!!」  上草は厄介者に向けるような尊敬の念の籠っていない目で昇麻の死体を見下ろした。 「これは真師様のご意向だ。真師様はここを出発なされる時、何よりも祝祭を妨害される危機を排除するのが教団の信者としての使命だとおっしゃられた」  異論はないとばかりに、信者達全員が決意のこもった力強い眼光を見せる。 「分かってるぞ。これから応援の警官どもがここに押し寄せるのだろ? 何百人もの警官から攻められようが我々は強い意志を持って最後まで口を閉じるが、真師様は100%確実に警察に祝祭の情報が漏洩しない手段を希望なされた。ならば、我々はその意思に従うまで」  上草は勇ましい表情で、銃口を自分の頭に突き付けた。 「さあ、いくら警察が我々を捕らえても、その死体から祝祭と巨大魔神の情報を聞き出す事はできまい!」  他の信者達も何の疑問も持つそぶりを見せず、上草に習うようにそれぞれ拳銃を自分の頭の右側頭部に銃を突きつける。 「我々の勝ちだ。祝祭の情報を得るためにやってきたのだろうがお前らの負けだ、異教徒の悪魔ども! 我々全員は今から死を持って祝祭の妨害を阻止するぞ! ワハハハハ」  信者達も大声を上げて笑い始めた。 「ハハハハハ 異教徒の悪魔よ、祝祭の事は命に代えても話さんぞ!」 「我々の忠誠心には歯が立つまい。何も知る事ができず悔しかろう。ワハハハハ!」 「え!」と躊躇のない表情で自らの頭に銃口を向ける信者達を見ながら、須藤、元木、真澄、安奈が再び恐怖の表所を浮かべる。 「く、狂ってる……って、え? え? まさか彼ら本気じゃないですよね?……」  須藤が愕然とした顔でそう言った。
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