第二十話 輝ける来世を

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第二十話 輝ける来世を

 理沙は頭痛を堪えるように額に手を当てながら首を横に振った。 「いやいやいや……おいおいおい、ちょっと待った、信者の皆の衆。一先ず落ち着こう、ね、ね! そりゃお互いいろいろあったけど、今から全員、笑顔でここから出られる方法を考えるから。ともかく銃を下に降ろしてちょい落ち着こう。はい、深呼吸だ、深呼吸!!」 「無駄だ、我々の強い意志は変えられない! お前らはここで祝祭の情報は何一つ得られない。そして真師様は必ず巨大魔神と共にこの世を火に沈め、祝祭を成功させる! 来世の約束もなく、これからもこんな腐った世の中を生きて行かなくてはならないお前らを心の底から憐れんでやろう。我々は祝祭を成功させるために全員で先に旅立つぞ、たった今から!」 「待て待て待て待て、だから落ち着けっての! そ、そうだ! ここは皆武器を捨て一緒に飲みに行こう、ね、ね! そしてお互い忌憚なく語り合おうじゃないか、もちろん警察のおごりで。うん、それいいね! ねえ、信者の誰か! ここら辺のいい居酒屋知らない?」  上草は理沙を無視し、銃を頭に突きつけたまま信者達に向き直ると、幸福に満ちた笑みを浮かべた。 「皆の者、時が来たぞ。真師様が素晴らしい来世を約束してくれた。祝祭と巨大魔神を守るぞ。そして、これでこれまでの悲惨な人生から解放されるのだ。さあ、紅き大神様のご加護で輝ける来世を!」  上草は自分の拳銃の引き金をひき、己の頭を吹っ飛ばした。 「大神様のご加護で輝ける来世を!」  信者達も笑顔を浮かべながら合唱するようにそう声を上げると、一斉に自分の頭向かって引き金をひいた。  あちこちの銃声が重なり、空間を震わせるほどの爆音が轟いた。  次から次へと噴水のように血の柱が舞い上がり、大勢の信者達の体が落下するようにバタバタと倒れ、互いに覆いかぶさっていく。 「そ、そんな!」と須藤が叫声を上げた。  最後まで一人の造反者も出さずに無残な亡骸となった信者達を見ながら理沙が小さく首を横に振った。 「いやいやいやいや、おいおいおい……」  半壊した頭から脳髄を垂れ流す死体となった信者達に向かって元木が蒼白な顔で言う。 「嘘だろ……キ〇ガイもほどほどにしてくれよな、おい……」  大量の死体から目そむけ、すすり泣く真澄と安奈。 「…………」  と、その時、吃驚のあまりただ茫然としていた須藤が、新たなる脅威を見つけたように大声を上げる。 「え? け、警部、どうしたんですか? 様子がおかしいですよ!」   「くううううう…………」  苦しみを堪えられないとばかりに理沙が床に身を丸め、激しく体を震わせ始めた。 「うううう! こりゃまずいぞ! ま……待て! 待て待て待て! 落ち着け、私の体! つまらない血の海に反応するんじゃない! こ、堪えろ! こんな事で自分を失うな! 今度、昔に戻ったら二度と今の自分には戻れないぞ! や、やめろ!」    目を血ばらせ顔中に油汗を浮かべながら自分に念じるように言い続けていると、理沙の金髪の髪の一部が盾に線を描くように黒色に変色した。 「え! け、警部、ちょっと、ほんとにどうしたんです! どこか具合でも?」  苦しみで須藤の声が届かないまま理沙は自分に向かって叫んだ。 「戻ってくるな、二度と怪物にならないって地下牢で誓ったろ! 姿。反応するな。堪えろ、堪えるんだ!」 ***********************************  ライフルのスコープ越しに講堂の窓から中の様子を覗いていた狙撃手の一人が叫ぶ。 「女の体に異変が!」  狙撃手達に緊張が走った。 「なんてこった……何十年もご無沙汰だった新鮮な血の臭いを大量に嗅いで正体を現しかけてんだ!」 「正体?」  城島が恐怖で冷や汗まみれになった顔を掌で拭った。 「怪物め……狂気が本物の狂気を呼んだってわけか? だがこれで確信した。鬼畜の怪物は奴の心の中で変わらずに存在しているとな! 見てろ、じきに奴は昭和の怪物に戻る! あれは限界が迫っている証だ。くそ、こうなったら急いで処刑の指示を仰がねば……」 *********************************** 「す、すごい震えです、どうしたんですか? 弾が当たったんですか? 警部、しっかりしてください! だ、誰か救急車を! ああ、しまった、電話がないんだった!」    慌てふためく須藤に理沙が顔を向けた。しかし、正常な意識とは思えないほどその目の瞳孔は開かれている。 「くう…かわいい弟及び子犬系……」 「え?」  その瞬間、理沙が須藤のワイシャツのボタンを弾け飛ばしながら強く横に開き、中の下着を勢いよく下から上にまくった。 「ガオオオオッ!」 「キャ~~!」  悲鳴を上げる須藤を、理沙はさらに勢いよく押し倒して腹の上にまたがると、その露わになった胸元を見て舌なめずりをする。  まさに獲物を捕らえた獣のように目をギラつかせ、口と鼻で荒い呼吸をしながら。 「フーッ! フーッ! フーッ!」 「え、何、何、何、何、何!?」と元木。  これまで顔を背けていた真澄と安奈も何事かと目を丸くする。  周りに目をくれないまま、理沙は艶めかしく紅潮した顔で笑みを浮かべると、一気に須藤の首元にむしゃぶりついた。 「キャ~~!」  そして、獣の唸り声をあげながら、遠慮なくその喉元の肌をベロベロと舐めまくりだす。 「イヤ~~!」 「だからいったい何が起こってんだよ、おい!」元木がまた叫んだ。  しばし、獣のように須藤の地肌を弄んでいると、突然、スイッチを入れ替えたように理沙の黒目が通常の輝きに戻った。 「うおおお、危なかったあ! なんとか抑えられたあ!…………いやいや!」  そう正気に戻った顔で声を上げると、理沙は須藤から離れ、ぐったりと床に身を伏せる。 「いやあ、今のは際どかったぞ、おい。ほんと危なかった! マジで気を付けよう」 「ほんとにいったい何があった? 体は大丈夫なのか?」  元木に訊かれると、身を起こした理沙が大きく息を吐いて呼吸を整えてから頷いた。 「いやいや、大丈夫。あまりにも大量の血の臭いを嗅いだショックで精神乱れそうになっちゃったけど、もう心配無用。で何とか人間らしい理性を取り戻したから」 「どういう精神療法ですか! 訴えますよ!」  と、下着のシャツの位置を戻しながら抗議する須藤に対して理沙が口を尖らせた。 「んな事言ったってぇ、昔から“据え膳食わぬは男の恥”とか“炒り豆と小娘はそばにあると手が出る”って言うじゃん? てなわけで仕方がなかった話ってことで」 「昔の男性はその言葉で正当化されたかもしれませんが、今では立派に暴行罪成立です、この昭和のエロオヤジめ!」
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