第二十四話 祭り

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第二十四話 祭り

 理沙がスマートフォンに耳を当てながら舌打ちをした。 「ああ、なんで電話にでないっつのよ! このテロ発生が迫ってる時にもう!」 「誰に電話をしているんですか?」須藤が必死の形相で車を飛ばし続けながら訊いた。 「牧田のとっつあんだよ。エリートの権力を借りて使える刑事を一斉に道玄坂に向かわせてもらおう思っているのに電話にでない! まだ六時前だっつのにもう家にお帰りか?」 「そういえば二か月前にお子さんが生まれたばかりって聞きました!」 「男も育児に積極参加の時代ってわけだ! 時代は変わるね! いいよ、いいよ!」  理沙はやけ気味に言いながら携帯をポケットにしまうと、また助手席から腰を上げる。 「え、え、え? ちょっと! なに人の体の上に乗っかってきてんですか! 危ないです! やめてくださいよ、前が見えません!」 「とろとろやってるから運転交代だ、マー坊! ほら、早く美尻をどかして席を譲れ!」 「わ、わ、高速を降りてからにしてください! もうすぐ、もうすぐ現場につきますから! 事故る、マジで事故りますから、今だけは本当にやめてください! それに車運転できるんですか?」 「半世紀ぶりだけど気合でなんとかなる! だから急いで運転席を譲ってナビをするんだ、マー坊! キ〇ガイ教団の思い通りにさせてもいいのかっつの!」 *********************************** 〈第一祭事場〉  夕方の6時前、渋谷駅のハチ公像の周辺は日常の通り大勢の人間が行き来していた。学校帰りの学生、移動中のサラリーマン、地名を聞いたところでどこの東京外の田舎から来たのか見当もつかない汚い身なりの十代の少年少女達。    春根はただ短機関銃を両手で握りながら冷淡な目でそれらの人々を見つめている。 自分の他にすでに20人の信者達が同様に待機状態だ。  信者全員、赤い服を着て一か所に固まっているせいか、通りを行き交う人々が遠慮なく信者達に好奇の目を向ける。中にはおもしろおかしそうに笑いながら携帯で写真をとっているガキもいる。 「いいさ、好ようにするがいい。5分後の6時ちょうど、ここにいるお前ら全員死ぬのだから」  春根が冷たい目でそう呟いた。 〈第二の祭事場〉   約20名の信者の先頭に立ち、昇華が恵比寿に所在する複合施設の敷地内に突入した。 そのレンガや御影石を多用し欧州の街を模したその施設は飲食店、美術館、映画館、そして高層オフィスビルで構成されているだけあって、すでに買い物、飲食、芸術鑑賞など多種多様の目的を持った一般人達が溢れんばかりに訪れていた。  赤い色の服に包まれた団体の集団がわき目を振らず前進していく光景に一般人達はただ驚きと不審の視線を送りる。  葵深が祐華の横に並び報告をする。 「藻菊から連絡がありました。時間が迫っているのにいまだに真師様の体に大神の魂が宿っていないとの事です!」 「慌てるな。薬屋の話では真師の体に薬の効き目が出始めるのは祝祭の開始と同じ時刻の予定だ。それ以外の報告は?」 「四人の処女達の行方がしれません。薬屋の指示どおりの薬品の投与量が守れていないというのに……」 「構わん、もとはアカネ十字の連中から真師だけではなく、若い女のサンプルもいくつか欲しいと要望を受けたから応じただけだ。スポンサーの要望だし、真師も一人で得体のしれない薬品を打たされるよりは、純な子供達と一緒に打っていると思えば心細くないと考えた。しかし、それも恰好だけ。実際、娘どもには抗生物質しか打たせていない。たかが薬屋の余興で罪のない女子高生の命まで奪う事もないからな。もう用なしだ、ほっておけ」 「それが……彼女らにも真師と同じ薬を……」  祐華が怒りの形相で振り返った。 「何だと、なぜだ! 薬屋の余興だぞ、神事とは関係ない事ではないか!」 「すみません……昇麻様が特殊な体になった女子の体と戯れたいから本物を打てと……」  祐華は立ち止まり、握った拳を震わるが、目の前に怒りのぶつけ先がない事を悟ると頭を振りまた前進を始める。  「もういい、あのクズの事は忘れて我々は祝祭に集中するぞ!」  憤怒の表情を消せない祐華と共に信者達は前進を続けると、大型の屋根がある広場にたどり着いた。 「準備は?」 「はい、できています、祐華様。ご要望通りにTVのニュースリポーターも調達してまいりました!」  先に広場で準備をしていた信者の芽土はそう力強く答えると、恐怖で激しく震えて涙目になっているリポーターの森口を前に突き出した。 「た、助けて、い、命だけは!……お、お願いします。な、何でもいう事を聞きますから!」 「心配するな。命はとらない。我々が人々を精霊にする様をネットで配信するから、その様をTVでやっているように生で現場のリポートしてほしいのだ」 「え、げ、現場リポートですか?……て、こんな人込みの中でいったい何をする気で?……精霊っていったい何の事で?」  と、祐華の背後にいた20人の信者達それぞれが運んできたケースから拳銃や機関銃を取り出し発砲の準備を始めた。 「え…………え? え? え?」 〈第一祭事場〉  渋谷駅前交差点に設置してある派出所に残っていた警官三人は信者の突然の襲撃にあっけなく取り押さえられ、後ろ手に手錠、口には猿轡という屈辱的な仕打ちにあっていた。 「お前ら国家権力の犬を殺すのは最後だ。これから我々が人々に行う祝福を見て、自分らの無力を嘆き悲しむがいい!」    春根は憎悪を込めた目でそう言うと頭を振って小走りで進み、すでにケースから機関銃を取り出して交差点で待機している仲間達の列に交ざった。    腕時計で時間を確認すると、春根は信者達向かって叫ぶ。 「開始まであと1分。皆、神具を構えろ!」    20人の信者が交差点の信号の下に前後横二列に整列すると、一列目の信者が膝をついて屈み、全員で道玄坂に向かって機関銃を構えた。  奇妙な恰好の連中が自分らに機関銃らしきものを向けている状況に通行人達が何事かと畏怖の表情でざわつき始める。 「愚か者ども、もう手遅れだ。これでお前らも祝祭に強制参加で精霊にしてやる! 常識という偏見に満ちた狂った観念の中で育ったお前らのくだらない人生に別れの言葉を告げるといい!」  そしてまた腕時計に目をやり最後の時間確認をした。 「よし、6時ジャストだ。時間が来たぞ。皆の者、祝祭の開始だ。通行人に向かって撃って撃ちまくれ、老若男女問わずまとめて祝福だ! 紅き大神のご加護で輝ける来……」  しかし、春根は最後まで言葉を言えなかった。  そして春根を含めた信者達の誰もが交差点を行き交う人間に向けて機関銃を発砲する事ができなかった。  突然、横から確実に100キロ以上のスピードを出していると思われる車がブレーキを踏む事なく信者の列に突っ込み、全員を容赦なく轢いたからだ。  20人もの信者の体がボーリングのピンのごとく勢いよく空に散って落下し、地面に叩きつけられた。 「おお、マー坊、間に合ったぞ! いやあ、よかった、ギリギリセーフ! あぶなかったあ!」  と、その運転手の目つきの悪い金髪の女は、大量の人間を車で轢いておきながら、ホッと安堵の息をついた。
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