第三十話 内部の敵

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第三十話 内部の敵

 理沙が顔をしかめて首を横に振る。 「ほんと困った困った。連中がいくら奇抜な恰好をしているとはいえ、この建物が埋め尽くされた東京じゃどこにでも潜む事ができる。後はテロの本番をおっぱじめるだけ」  牧田がその最悪の事実を認めるように、暗然とした表情でパイプ椅子に腰を降ろした。 「だったらその本番で何が起こる?……」 「さあね、まだそこまでは分からない。とりあえず、ただ今、信者達はどこかに潜んで準備を整え終えてるだろうね。一つの場所なのか、それとも都内のあちこちに散らばっているのか? それも定かじゃない。さてさて正解はなんだろね」  言い、理沙が腕を組んでう~んと唸ると、須藤がそわそわと恐縮しながら牧田に尋ねる。 「それで、これから僕らはどうすればいいのですか?」 「とりあえずこの狂った事件から外されるだろう。本来、君らは教団の情報収集だけが役目だったからな。事件がこの国の犯罪史の残るほどでかいテロ事件になったからには、これから内閣総理大臣が官房長官、他大臣達、この国のトップのオールスター勢によって安全保障会議が開かれ国主導で事が動く。本庁でも優秀なベテラン刑事らによる捜査本部が設置されて、そっちで信者達の調査が始まるはずだ」  須藤が複雑な表情をしながらも、胸をなでおろす。 「ではこれで僕らは今回の事件からお役目御免というわけですね……」 「当然だ、国主体で対応するほど本格的なテロ事件となったのに口裂け女と先日まで自転車で町内を巡回していたい新人に捜査を継続させるわけがないだろう。本庁から報告書の提出の他に直に話が訊きたいと呼び出される事もあるだろうが、まあ、多分それだけだ。いろいろご苦労だったな」  と、その時、勢いよくドアが開き、スキンヘッドの中年の男が談話室にずかずかと張り込んできた。怒りと敵愾心を表情に露わにしながら。 「この雑魚二人が例のアレですか、警視? 赤い福音に潜入したという」  言うと、その禿げ頭の男は血走った目で理沙と須藤を睨んだ。 「そうだ。だが言葉には気をつけろ。片方は大人しいがもう片方は噛みついてくるぞ」  よく分からないが喧嘩を売られていると感じた理沙は遠慮なく牧田に尋ねる。 「とっあん、何、このつるピカハゲ〇のバッタもんは?」  ほれ見ろと言わんばかりに渋い顔をすると牧田は理沙の問に答える。 「特殊組織対策室の岸川だ。こいつも国内でのテロ組織の捜査をしている」  さすがに警察組織の上段の人間には横柄な態度は取れないのか、岸川は怒りの表情をまっすぐに理沙と須藤に向けた。 「警視、何が起きているのか説明をして頂けるのでしょうか? こんなケツの青い新人と口裂け女を自称する精神異常者に赤い福音の捜査をさせているなんて。それにそんな情報は全くこちらには流れてきていません。揚げ句にその素人に我々の現場を荒らされる事になるとは!」 「そうだな。俺も突如、形だけでもこの二人の担当を命じられたぐらいだしな。この二人の存在を知っているのも警察上層部の僅かだろう」 「信じられません。なぜこんなふざけた連中に捜査を? 我々ならもっと前に奴らを止められていた。こいつらのせいで危うく渋谷と恵比寿で大惨劇が起きるところだったんですよ!」  理沙が踏ん反り返り、岸川を見下ろすような態度で言う。 「なぜ私達が捜査かって? それは私達が警察のお偉いさんから指名された選ばれし捜査官だからってわけだ。こんな大事件に蚊帳の外にされていたどっかの期待されていない誰かさん一緒にされちゃ困るなあ、君」 「捜査官だと? ふざけるな、ガキの遊びじゃないんだぞ! それに何が口裂け女だ、ぜんぜん口、避けてないじゃないか。お前、本当はただの下品なギャルだろ! ともかく捜査の邪魔だ。刑事の偽物の雑魚はとっととこの署から出て行いけ。なんだったら俺がこの手で追い出してやってもいいんだぞ、え?」 「ほお、いいね、いいね、売られた喧嘩は買うよ。やれるもんならやってもらおうじゃないの、え、このつるピカハゲ〇野郎!」  かかってこいやと言わんばかりに理沙が敵意をこめてガンたれながら椅子から立ち上がった。 「いや、ちょっと待ってください、二人とも。今、ここで意味のない争いをしている場合じゃありません……」  と、須藤が二人の間に割って入った時、談話室にやってきた新たなる訪問者が声をかけてくる。 「おい、そこのマッチ棒頭。私の可愛い部下に手を出したら、お前を一生車椅子が必要な体になるくらいボコるぞ。お前の女房とガキの目の前でな!」  伊瑠沙は岸川に冷たい視線をやりながらそう警告した。 「なんだと、お前、誰だ?……」 「ほお、警察内の人間なのに私を知らんのか、この下衆が」  と岸川は数秒、目を凝らして新参者の顔を確認すると驚嘆の表情を浮かべた。 「え? な……ちょ、ちょっと待ってください、警視。こ、こいつ那智・伊瑠沙じゃないですか! なんで日本警察の恥であるサイコ女がここに! 逮捕した容疑者への虐待の数々が明るみに出てとっくのとうに免職処分になったはずじゃ?」  伊瑠沙は表情を変える事無く冷淡な物腰のまま反論する。 「私の事を何と思おうがかまわないが、私も警察のお偉い連中から直に任命された。どこっかのハブにされた肩書だけのタコとは違ってな。人をあまり甘く見ない方がいいぞ」  事実だ、と認めるように牧田が岸川に向かって小さく頷いた。 「そ、そんなバカな……」  岸川は信じられないと言わんばかり目を見開いて唖然とした。 「……ほ、本当にいったい何がどうなってるんですか? 警察上層部も……カルト教団が都心で無差別テロを起こすって時に、こんな最悪の連中に警察バッジを持たせるなんて……」
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