第三十六話 大神様の復活

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第三十六話 大神様の復活

 藻菊は幸福に浸っていた。諦めかけていた奇跡がついに己の目の前で起きたからだ。  こんなに溢れるものかと自ら驚くほど歓喜の涙が止まらない。 「ああ、まさか! すばらしい、本当にこんな素晴らしい事が起こるとは! 一時でも大神様を疑った自分が愚かでした!」  床に両手を添えて己の神に向かって頭を下げると、藻菊は魂の奥底から叫んだ。 「よくぞ……よくぞ復活してくださいました、紅き大神様!」  あれからただの肉の塊になったようにピクリとも動かなくなった真師の姿に絶望していた藻菊はせめてもの慰めとばかりに大神様が過去に着用していたをその老体の上に被せてやった。いくら100年近くも前のものとはいえ所詮高級綿と毛で作成された、ただの布と軽んじながら。  だがその教団色に染まった聖衣が肌に触れた途端、真師の体が突然、変形を再開し始めたのだ。 「ええええっ!」  そしてその肉体はムクムクと膨張をしていくと、最終的に3メートル強の筋肉の塊へと変貌し、神々しくオーラを放ちながら立ち上がった。 「おおおお……こ、これが大神様の奇跡なのか! ああ、こんな事なら言われたとおり最初から赤き聖衣を羽織らせるのだった!」  もはや老体の面影もない屈強な巨体となった男は怪人に相応しい不気味な笑みを浮かべる。 「何をぐずぐずしているんだ、藻菊。我は復活した。祝祭を続け人々を祝福するぞ! 私を信じて待っていた皆にも知らせるのだ! 最後の祭事を始めると、この都市のありとあらゆる場所を血に染めるとな!」 「はい、大神様!」 「祐華はどこだ? 祝祭を盛り上げるには奴が必要だ、今どこにいる!」 「…………」 ***********************************  電話を通して聞こえる伊瑠沙の声はいつもの通り力強い。 「フン、言ったろ、この私に取り調べさせればテロの情報を入手できると。約束どおり手に入れたぞ。拷問などつまらない手を使わくともな」 「う~ん、伊瑠沙ちゃん、残念賞!」  携帯を耳に当て、見悶えながら理沙がそう言った。 「なんだ?」 「生憎ながらこっちもすでにとっくにテロのついての情報を入手しちゃっててね。まず消息の不明だった約100人の信者達は芝公園にある証券会社のフロアを乗っ取って社員のコスプレをして隠れている。近くにある東京タワーが最後のテロと関係しているらしい。これから警官や狙撃班とかを含めた警察関係者の兵隊さん達がその最後の信者達をとっ捕まえに出発する頃だよ。街に火花が散らないうちにね」 「なんだと!」 「だから伊瑠沙ちゃんも私達ももう出番はおしまい。キ〇ガイ教団のテロはこれにて終結ってわけだ。残念、もうちょっと娑婆を楽しめると思ったのに……」 「……なんだ、また地下牢に戻されるのか?」  理沙は気だるそうに吐息をついた。 「ん~、そうはさせるつもりないし、実際そんな事しようもんならするけど、相手は国家権力だし、手柄もインパクト薄いしなあ~。直接テロ組織を潰したわけじゃないしね。う~ん、理不尽な無茶を平気で言ってきそうだねえ。けど今回の事件で私がやれそうな事はもうないみたいだよ」 「そうか……だったら喜べ。まだ活躍の場はあるぞ」 「へ?」 「因みにお前が言った残りの100人の信者達についての情報は初耳だ。私が取り調べで信者から吐かせたのはお前らが得た情報とはまったく別の、とてもとても香ばしい情報だ」 「え、マジで?」 「口裂け女に嘘をついても何の得もないからな」 「でも相手は情報を警察に流すくらいなら死を惜しまない連中だよ……いったいどんな手段を……」 「それより電話をスピーカーに切り替えろ。美尻の新人にも話を聞かせる」  理沙はコソ泥のようにこそこそと周辺に人けがないのを確認すると、携帯の画面をタップした。 「あ……またなに怪しい動きしてるんすか、警部?」須藤が不安な表情で尋ねた。 「どうだ、私の声は聞こえるか? 話をしていいか?」  携帯から室内に響いた伊瑠沙の声向かって理沙は親指を立てる。 「ほい、バッチ来いだ!」 「よし、まずテロについてだが、私が取り調べをした二人は自分の持ち場以外のテロについてはまったく教団から聞かされていない。こいつらは恵比寿で暴れた以降は自害するように指示が出ていたメインのテロのための捨て駒だった」 「だろうね……その件については驚かないなあ」 「特にこの芽土と茎陽という名の二人は共に元銀行員のへなちょこボディ、とても大事な最終決戦に仕える資質を持ち合わせていない。教団にいた時も元大手の銀行員としてのスキルを活かし教団の資金の管理をしていたそうだ」 「ま、神様の使いの団体だろうと、お金は必要だからねえ。で、その話がどう今回のテロと関係を?」 「とある日、このへなちょこボディ二人組がいつものごとく教団の金をチェックしていると、教団に莫大なお布施をしだした小林商事という企業に気がついた」 「企業がですか?」須藤が携帯向かって不審げに眉をひそめた。 「ああ、認知症に陥った地元の地主や、莫大な財産を継いだ世間知らずの主婦を洗脳して騙し取ったのとは違って、れっきとした企業からのお布施だ。新興宗教ごときに金を振り込んだところで企業としてのメリットなんぞないのに関わらず小林商事は何度も金を教団に振り込んでいた。そして、その額は瞬く間に億単位の額に到達していた」 「億単位!」理沙と須藤がそろって驚愕の声を上げた。 「ああ、超大金だな。さすがに不審を覚えた芽土と茎陽は見知らぬ企業から大金が振り込まれている変事を祐華や他の幹部に報告するが、気に止めず詮索もするなと命じられるだけで終わってしまった。そして、何が起こってるか答えが分からずもやもやとした日々を送っているうちに二人は? と、を爆発させ、教団を国の陰謀から守るためにも独自にこの小林商事を探り始めた」 「ほほう、確かに話が香ばしいものになってきたねえ、いいよいいよ!」理沙がワクワクしてきたと言わんばかりに笑みを浮かべて言った。 「それから芽土と茎陽は元銀行員時代に身に着けた合法、非合法を織り交ぜた情報調査のスキルを使って徹底的に金の流れを調査した結果、小林商事の正体がのダミー会社であるという事実を掴んだ」  須藤がこれ以上、これ以上はないと思えるほど仰天した顔になった。 「え……アカネ十字社! え……ちょ、ちょっと待ってください、ア、アカネ十字社ってまさか、あのアカネ十字社ですか!」 伊瑠沙は温度が変わらないままの口調で答える。 「さすがに小林商事と違ってアカネ十字社という名の会社はそうはないはずだが?」 「……で、でもアカネ十字社という会社は多くのグループ企業も抱えていて、その資産も抱えている社員の数も膨大なこの国の名門企業ですよ!」 「そうだな、昵懇の間柄の政治家も指の数じゃ収まらない。おかげで会社の長い歴史の中で起きたいくつかの薄汚いスキャンダルも何一つ罰せられる事なく無傷のまま切り抜けてきた。悪い言い方をすると決して敵に回してはいけない相手ってやつだな」 「…………ええ、まさに財政界のビッグネームです」 尊敬よりも、権威への恐怖を感じているように須藤が血の気の抜けた表情で言った。 「たかが160人規模のカルト教団がどうやってあれだけの大量の銃器を手に入れる資金を調達できたのか? と不思議に思っていたが、これで納得のいく答えが出てきたな」  伊瑠沙のその言葉に理沙がギラリと目を光らせる。  「おお、つまり今回のキ〇ガイどものテロの黒幕登場ってわけだ!」 「え、いやいやいや、ちょっと待ってください、二人とも! アカネ十字社のような高名な製薬会社を簡単にテロの関係者扱いにしてはいけません。下手をしたら訴訟どころか社会的にも抹殺されます。それに、僕らももうこの事件の深いところまで身を投じているのに製薬会社が関わっているような事実を何も目にして……」  と、そこで須藤は一度、言葉を詰まらせると暗然とした表情で呟く。 「……た、確か、されてたと……」 「企業がタダで億単位もの金をカルト教団に振り込むわけがない。まだアカネ十字社の目的は分からんがどっちにしろ多額の投資をしている限りは、今回の騒動で何かしらのおいしい汁をすすれるのだろう」  伊瑠沙がそう強く断言をすると、理沙が感心するように両腕を組んでウンウンと大きく頷いた。
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