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第三十七話 新たなる標的
「いや、しかしキ〇ガイを相手によく口を割らしたね、伊瑠沙ちゃん。そのえぐい拷問方法、今度私にこっそり教えてよ」
理沙が電話の向こうからひそひそ声で訊いてきた。
「拷問? 人聞きの悪い事を言うな。言ったろ、私は容疑者に拷問などした事は一度もない。快楽を与えてやっただけだ。これまでどおりな」
伊瑠沙はペニスバンドを腰に装着したまま後ろを振り返る。
そこには事後で汗まみれになった芽土と茎陽が、裸体のまま天にも昇らんとばかりに恍惚の表情を浮かべている。
「ママ……ママ……もっと……」
「簡単すぎてつまらないほどだったぞ。こいつら教団に出家してから長きに渡って禁欲生活を強要されてきたから、私の虜になるのもあっという間だった」
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「え、禁欲って、どういう事、伊瑠沙ちゃん?」
「赤い福音の教義では心を惑わされないためにも、己の快楽を貪る行為は禁止。美食を味わう事も酒もタバコもSEXもNG。特に性行為に関しては人間の最も汚らわしい行為として自慰さえ厳禁の状態だったそうだ」
「って事は……」
理沙がハッとした顔を須藤に向けた。
「祐華ちゃん、処女じゃん!」
「ハイ、そこで目をか輝かせない!」
「ともかくこっちで分かったのはそれだけだ。残念ながら巨大魔神についての情報はこいつらは何も持っておらず不明のままだ」
「分かったよ、伊瑠沙ちゃん。巨大魔神の事は一先ず横に置いておいて、急いでアカネ十字社を当たってみる」
「ダミー会社とは言え小林商事は実在する。今、住所をメールで送るから後は頼んだぞ」
そこで通信が切れると、理沙は興奮で鼻息を荒くしながら、ぴょんと飛び上がって廊下に体を向けた。
「よし、すごい情報を得たぞ、マー坊、今になってテロの支援者の登場だ! 早速、小林商事、もとい巨悪のアカネ十字社を捜査しに行くぞ!」
しかし、テンションの高い理沙とはうらはらに、須藤は怖気ついたようにおどおどと答える。
「いや……ちょと待ってください……僕らが行くより後は全て国主体の対策本部に任せるのが筋かと……警視も言っていたじゃないですか、僕らの出番は終わったと」
「は? おいおい、なんだ? マー坊! いったい何訳の分からない事を言っている?
カルト教団の無差別多発テロでおなか一杯の所に巨悪が出てきてビビったか?」
須藤は強がる素振りも見せず、げっそりとした顔で言う。
「はい……その通りです。ビビっています」
「ええっ、マジか!」
「いやいや……先日まで自転車で町を巡回するお巡りさんだった僕が突然、警察上層部から秘密捜査官なんて訳の分からないものに祭り上げられ、そのパートナーが口裂け女だと言われ、性的錯乱者の女王様がボスになり、潜入したカルト教団で信者に襲われ、そのすぐ後に死を賭けた高速道路でのドライブを味わい、そして大勢の人間を轢いて生まれて初めて逮捕された後に、今度はアカネ十字社なんて権力が姿を現した……」
力なく言うと、がっくりと両膝から床に崩れた。
「……正直、もう精神も体力も限界に達しています。ですから今の情報を警視に伝え、後はもう本庁に任せてイレギュラーな刑事はここで出番終了といきましょう……今頃、警察の大群が芝公園の保険会社に隠れている残りの信者100人を制圧しているはずですし、警視からも待機命令が出ている。もう僕らがこの事件に関わる理由はありません」
しかし、その訴えを却下するような、やる気満々の目で理沙は須藤に迫る。
「うんにゃ、マー坊、こっちはまだ出番終了とはいかないね。なぜなら私の償いと手柄が中途半端なままだからだ!」
「え?……」
理沙は人差し指を立てると、チッチッチと口で言いながら横に振った。
「マー坊もとっつあんの反応を見たでしょが? 渋谷でのテロを防いでやったのに、感謝感激のかけらもなしだ。しかも事件はまだ継続中、現状の結果じゃあ、正直、高得点はなしだ。用済みの私は地下牢に戻される可能性もある。振り出しに戻るってやつだ」
「……まだそうなると決めつけるのは……」
「いいや、なんせ警察、そして国家権力。目的のためなら利用すべきものはむしゃぶりつくすまで利用してポイっと捨てる! そんなもんだ。けど私は今度こそ自由にならせてもらう、堂々とね!」
「…………」
理沙はもういてもたってもいられないとばかりに足踏みを始めた。
「ともかく、ここで議論をしている時間はない。なんだったら私一人でも小林商事に行くよ、マー坊! 今回のテロはこれで終わるわけがない。いいや、きっとこれから派手に始まる。コンビは解消になっちゃうけど理由は今、語ったとおりってやつだ!」
「え、いやいや、ダメです、許せません! どんな理由があろうとあなたが都市伝説の怪物である事は変わらないですし、一般市民を危険にさらせない。それに先程、警視からも外出を禁止されたはずです! 後の事は官僚と本庁に任せましょう」
自らの使命を思い出したかのように須藤は強い口調で言うが、理沙は聞く耳持たないとばかりに手足のストレッチを始めた。
「いやいやいやいや、ですからダメですってば。警視からここから一歩も出るなって命令が出てるし、僕無しで外へでると逃亡とみなされて大勢の警官が追われる事になるんですよ。あの昭和の時代のように。ですから一般市民とあなたの無事のためにも勝手な外出は……」
と、須藤が注意の言葉を発している最中に理沙が勢いよく廊下に飛び出した。
「それじゃ、ちょっくら小林商事に行って悪を成敗してくる!」
「え……」
その場に立ち尽くし、呆気にとられたようにぽかんとする須藤。
「えーと……まさか本当に行ったわけじゃないですよね? 廊下に隠れているんですよね? 一人で外へ出たら逃亡者になって、また昭和の時のようにこの国の全ての警察に追われる事になるんですよ、だから……」
言いながら須藤は部屋の中を数歩すすみ、おそるおそる廊下に顔を出した。
しかし、その時にはすで理沙の姿は跡形もなく消えている。
「え……ウソ……」
須藤は唖然と廊下をもう一度見回した。
「……本当に行っちゃった?……」
と、他に選択肢のない須藤はドタバタと慌てて理沙を追って走り出す。
「ああ、まったく! 本当に昭和育ちは頑固なんだから、もう!」
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