第四十四話 退避せよ

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第四十四話 退避せよ

 エレベーターが南展望室に到着すると、理沙は嫌がる鷹藤の首根っこを引っ張りながらガラス窓に覆われたフロアの奥に進んだ。 「うあああああ、イヤだ! とうとうこんな所まで来てしまった。俺はお前らとも教団の連中とも心中する気もないぞ! な、ななななんでもするからここから解放してくれ~!」  須藤はエレベーターから降りるとその広々とした展望室のフロアーに内外から来た大勢の観光客以外に、お土産やドリンクの販売ブースの店員などが逃げるそぶりもなくそのまま残っている事に焦燥する。 「なんてこった、まだこんなに大勢の人が……ここは教団の襲撃の場となるのに!」  警察バッジを大きく右手に掲げると、須藤は観光客向かって己にとって最大の音量の声をあげる。 「皆さん、聞いてください、僕は警察の者です! 危険です、至急、この場から避難してください。さあ、早く急いで!」  と、その時、都庁内にけたたましい警報のアラームが鳴り響きだし、その後を追うように今度は録音された人間の声が繰り返し流される。 「火事です、火事です。落ち着いて避難してください! 火事です、火事です。落ち着いて避難してください」  フロアにいた客と販売員達が一瞬にして緊迫した顔になり、ざわつきだす。 「え、なんだ、なんだ……」 「か、火事? 本当に?……」    そして、階段から駆け下りてきた複数の職員達がフロアの隅々にまで聞こえるかのように大声を上げた。   「皆さん、見学中誠に申し訳ございませんが、早急に退避をお願いします! 我々の指示に従って落ち着いて避難してください。さあ、こちらへ!」  職員達の切迫した顔を見て、観光客と隊員達は悲鳴を上げずとも、慌てて我先へと早足でエレベーターに向かい始めた。 「落ち着いてください。今はまだ安全です。どうか冷静に避難をお願いします!」  避難を誘導する職員を見ながら須藤が理沙に尋ねる。 「まさか、本当に火事が起こってるんじゃないでしょうね?」 「だったら避難にエレベーターは使わせないって。どうやら伊瑠沙ちゃんがここの防災の責任者とうまく話をつけたようだ。いや、それとも何かをネタに脅したか……ともかくだ……」 言うと理沙は窓に近寄りその外に視線を向けると、ゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。 「……先に都庁に到着したよ、祐華ちゃん……最後の対決だ。最後の最後に教団全員でいったいどんなテロを見せてくれるか知らないけど、私も強制参加させてもらうよ。世間からドロップアウトした者同士、楽しみを分かち合おうじゃないよ」  そして、高層ビル群から漏れるまばゆい光でライトアップされて幻想的に輝く東京の夜景を掴みとるかのように手を伸ばす。 「……すごいや、昭和のあの時からここまで発達したんだ。ああ、ほんとにすごい、もう敗戦国もクソもない……地下牢の中で何十年と憧れていたけど、今回の件を終わらせられれば今度こそ自由になれる……昭和を捨ててこの新しい時代の素敵な光景と同化できる。普通の人間のように……この私も……」  須藤は絶景に見とれながら感傷的になる理沙の姿を見て、その情感に水をさしてはいけないとあえて言葉をかけず、一歩後ろに下がった。 「…………」    と、その時、横から鷹藤が須藤に向かって必死の形相で訴えかけてくる。 「お、おい、若造。よく聞け、今、ここで俺を解放したらお前の出世を約束してやる! うちの会長は警察官僚とも繋がりを持っているからな。それでも不満なら好待遇でお前をうちの会社に迎え入れてやる、本気だぞ! 真面目に刑事なんかやっててこんなおいしい話二度と出てこないのは分かってるだろ! だから今のうちに俺を逃がせ! こんな危険な所にいつまでもいられるか!」  須藤が拒否をする前に、現実に戻ったように冷めた顔になった理沙が鷹藤に顔を向ける。 「心配するなって、ゲロ男爵。あんたもすぐに解放してやる。最後の闘いが始まる前にね」 「え……」 「その変わり知っている事を全て吐いてもらうよ。巨大魔神の事も教団とアカネ十字社の事も。どうせ薄汚い話を聞く事になるんだから、せめて見晴らしだけでも綺麗なところで聞きたいと思ってこの南展望室までつれてきたわけだ。否が応でもこの気配りに相当する情報をがっちり提供してもらうよ、ゲロ男爵」 **********************************  逃げ回る通行人、特に女を中心に一人襲ってはまた一人と襲い、道路に死体の山を作った赤マントは自分の血に染まった掌を見ながら、簡単に多くを殺める事ができた己の力に感嘆の息をついた。 「祐華よ、見ろ、この我の力を! この街にはまだまだ多くの人間が、何よりも若い女がたっぷりいる。まだまだたくさんの女を殺すぞ、もちろん子供もだ! 初代の赤マントのように!」  祐華は赤マントを恐れる事無く、首を横に振った。 「大神! 今は通行人の虐殺よりも他に優先すべき事があるはず。巨大魔神はもう目と鼻の先です!」  そう強い物腰で言うと、祐華は周辺のビルとビルの間から見える東京都本庁舎に指をさした。  赤マントは逃げ回る人々に向かって物欲しそうに一瞥をくれると、巨体の向きを都庁の方向へ変えた。 「その通りだ、それもよかろう。巨大魔神でこの街を破壊しても、殺す女子供はまだまだ溢れるほどいるのだからな! 祝祭を派手に締めくくろうじゃないか!」  怪人に相応しい太く重い声でそう答えると、巨大な足を間に繰り出し前進し始めた。  祐華はその後を追う前に一度立ち止まり、戦意のこもった視線を前方に見える都庁に送った。 「くそ、あの金髪の下品な女刑事はもう都庁に到着しているのか?……もし来ているのならばもうこれ以上、祝祭の邪魔はさせん。決着をつけさせてもらうぞ! その時は生きて帰れると思うなよ! お前は精霊にならん、地獄の底へ落ちるのだ、獣のごとく!」
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