第五十話 喧騒

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第五十話 喧騒

 スーツやビル管理会社のジャンパーなどに身を包み労働者を装ったガーディアン達が緊迫した表情で25階の職員用のエレベーター向かって銃先を向けている。  清掃ユニフォームを着ているガーディアンが無線機を耳に当てながら皆に聞こえるように大声を出す。 「ロビーのガーディアン達と連絡が途絶えました。銃声ももう下の階から聞こえてきません!」  一階の仲間が全滅した事を察知したガーディアン達は感情を抑えるように歯を食いしばった。  と、その時、エレベーターの表示の数字が点灯し、下の数字から上の階の数字へと上昇し始める。 「来るぞ! 皆、集中しろ!」  小池が声を上げて指示を出すと、その隣にいる初老のガーディアンが呟く。 「や、奴ら、何人くらいで来る?」 「さあな、しかし、もう大勢じゃないはずだ……だが気を抜くな!」  注意をすると小池は背後に作った机のバリケードの後ろで身を伏せている職員と都庁を見学に来た客達に顔を向ける。  その逃げ遅れた職員と客の数はこの階だけで計14名。中には社会人になりたての十代の女性社員もおり、皆、目に涙を溜め、激しく震えている。 「おい、何があっても一般市民を守れ! 教団の隙を見て他の階に避難させる。だから怪我の一つもさせるな! いいな!」  指示を受けたガーディアン達が機関銃を構えながら頷くのを確認すると、小池はまた銃口をエレベーターに向けた。 「クソ、他の階にも逃げ遅れた客がいなければいいが!」  その時、職員専用エレベーターの電灯表示が小池達が待機する25階の所で止まった。 「来るぞ!」 *******************************    封鎖をものともせず、各報道社のレポーター達が道に壁を作っている機動隊員や警官達に突撃をしていた。 「TUB局の者です。この封鎖の理由を教えてください。こんな大掛かりな封鎖、戦後初めてですよね。やはり東京都本庁舎で何が起こっているんですか?  質問を受けた警官が怒声で答える。 「ここは危険です、早く遠くまで退避してください!」 「都庁にまだ多くの一般人と職員が残されていると聞いています。これはテロが起こっているのですか? 都庁に残っている人達は無事なのでしょうか? それともすでに多くの被害者が出ているのでしょうか? 」 「我々は何も聞いていないうえ、お答えできません。ともかくここから速やかに退避を! 危険です!」  警察側とマスコミが押し問答を続けていると、警官はマスコミ以外にも携帯のカメラでこの騒動を生配信したり、動画に収めようとしている野次馬が左右のあちらこちらにいる事に気が付いた。 「……ヤバい……騒動が大きくなればなるほど、状況を理解できないバカ野郎が大勢群がってきやがる……くそ、万が一の時、ここにいる全員を守るなんて無理だ……」 *******************************  これまで蹲って震えていた鷹藤が立ち上がり、理沙と須藤に抗議の言葉を浴びせる。 「ほらほらほらほらほらほら! 俺達は終わりだ。もうもうもうもうもう! もうじき教団の奴らがまとまって上に上がってくるぞ! ああ、だから言ったのに!~~~何も作戦を考えずにこんな高い所まで来るなんていったいどういうこった、もうもうもうもうもう!」  ショックを受けたように自失していた須藤がハッと我に返り尋ねる。 「いや……ほ、ほほほほほ、本当は策があるんですよね? だ、だってもう最後の決戦は始まっていますし……」  微かに声を震わせながら言った須藤に対し、理沙が苦虫を嚙み潰したように、口を歪める。 「しょうがない、正直な事を言う。これから私達がどうなるって? うん……そこでさっきからビビりまくってるゲロ男爵の言う結末が私達を待っている。このままじゃ勝ち目はないから」 「は?」 「いや、だから巨大ロボットによる都市の大破壊が行われ、ここにいる三人とも全員、赤マントと信者達によって仏様にされるってわけだ」  他人事のようにあっさり言うと、理沙は呆然とし、言葉を失っている須藤と鷹藤相手に頭をバリバリ掻きながら説明をする。 「う~ん、敵を甘く見すぎた。実際はたかが素人のカルト教団。最後の目的が分かればその場の流れで何とかなると見積もった。いちいち細かく作戦を立てている時間もなかったし……だけど一つ予想外な事が起きた。いやいや、ほんと予想外だった! 正直私のミスだ。もう訂正は難しいね」 「よ、予想外の出来事とは?……」  半分放心状態の顔で須藤が尋ねた。 「が出てきた。まだだいぶ下の階にいるのに、ものすごい魔をビンビン感じる」 「魔?……魔物って……赤マントの事ですか?……」  須藤が何か文句を言いたげに鷹藤に顔を向けた。 「う……」 「落ち着きなって、マー坊。確かにそいつの会社の薬の影響はあるかもしれないけど、奴は違う、天然の魔だ。アカネ十字社は相手がただの死に損ないのくされ爺だと勘違いして、本物の魔物に肥料をやったに過ぎない」  鷹藤が歯ぎしりをしながらも、気まずそうに理沙と須藤から顔を逸らした。 「元からあの教祖は本物の魔の血を継いでいたはず。いずれ何かしらのきっかけで魔物として覚醒していた。だから今回の騒動で私の一番のミスはがいるという事を、この土壇場まで感じられなかった事だ!」  そこで理沙は悔しそうな表情を浮かべ、足の裏で床を蹴った。 「そして、今はその魔が今でもどんどん力をつけているのを感じる。もしかしたらたった今もこの建物中で人の血と肉を食らっているのかも……」 「そ、それって逃げ送れた人達や機関銃で闘っている人達を食べているという事ですか?……」  吐き気をもよおしたような顔の須藤に、理沙は“さあ、どうだろ?”と言わんばかりに両肩を傾げた。 「ともかく相手は本物の魔物と武装した大勢の信者達。丸裸同然の私達は奴らが目の前に現れたら、もうなす術はない。教団の餌食となり、街は巨大ロボットの暴虐で派手なお祭り騒ぎとなる」 「え、ええ~~……」  須藤は失望と恐怖が大きいあまりか、もはや悲鳴を上げることもせず、ただそう弱弱しい声しか上げなかった。 「だが、だがしかしだ……」  と、理沙は今の絶望的な状況にそぐわない不敵な笑顔を浮かべると、右手の人さし指を立てた。 「一つだけ、そうたった一つだけ勝算がある。策なんていいもんじゃなく、ほとんどやけっぱちの賭けだね! マー坊や警察、世間一般の平和は人々にはリスキーな選択になるかもだけど、この手なら赤マントと残りの武装した信者達と対等に勝負ができるかもしれない。巨大ロボも止めてね」 「ええっ!」と須藤が生気を取り戻した顔で声を上げた。 「もう赤い福音と闘うにはこれが唯一で最後の手だ」 「そ、それは?」  身を乗り出すように一歩前に出た須藤向かって、理沙が先ほどのものよりも大きな笑みを浮かべる。 「それは……私のお願いを一つ聞いてくれるだけでいい」 「は?」 「だから私のお願いを一つ叶えてくれればなんとかなる。でないと魔物とキ〇ガイ教団の勝利。私達を殺すのはもちろん、都庁ロボットが都民の大勢の方々を容赦なく精霊にするわけだ」  須藤が訝るように眉をひそめた。 「考えている時間はないよ、マー坊。今は下でどこかの連中が頑張ってるけどいつまでも持たなはず! 巨大ロボットを止めて、ここから無事に脱出したければ急いで私のお願いを叶えるべきだと思うよ」  須藤が何か不穏な要求をされるのでは? と疑うような目をしながら、唾をゴクリと飲んだ。 「で……その一つのお願いとは何ですか?……警部……」
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