第五十二話 タリナイ、モット、モット!

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第五十二話 タリナイ、モット、モット!

 生き残った信者達が絶命したガーディアンの死体を見せしめのごとく、次々とオフィスの窓から外へ捨てていく。 「見ろ、これが紅い福音の力だ! 我々の祝祭を妨害するものは皆、無様な死を迎える事を知るがいい!」  死体の投機を提案した葉咲が窓から下界に向かってそう喚き散らすと、その横にいた信者が25階にいたガーディアン達の最後の亡骸である小池の体を持ち上げ、窓から外の地面へと落下させた。  その背後で赤マントが殺害した十代の女子社員の腹部に顔をうずめ、臓器の味を堪能している。  職員達は床に腰を降ろしたまま、激しく震えている。次は自分の番かと怯えるように。 「大神よ……あと一歩、あとほんの少しで巨大魔神は我々のものとなる」  祐華が魔物を恐れぬ素振りもなく言った。 「目指すは南棟の42階。そこに隠し部屋があり、またその壁の向こうが巨大魔神のコクピットとなっている」  赤マントは祐華に反応せず、まだ女子社員の死肉を舐めつくすのに夢中だ。 「このフロアにその隠し部屋まで直通の秘密のエレベーターがあるが、それを使って42階まで上った先には、最後の砦を守るためにこれまで以上の数とレベルの高い戦闘員が待ち構えているだろう。だから先頭に立ち、私をコクピットまで無事に届けるのだ。我が教団の宿願を果たすために……」  3メートル強を超える体に肥大し、顔面返り血まみれになった赤マントが顔を上げた。 「もっと、もっと若い娘の新鮮な血肉が欲しい! まだ足りない。もっといっぱいの若い女を蹂躙して、その悲鳴を浴びながら新鮮な肉を喰らいたい! とっとと我に若い女をよこすんだ、今すぐに!」  理性や知性というものを喪失し、もはや本物のケダモノになり果てた教祖に対し、祐華が委縮する事無く答える。 「……そうだな、初代の赤マントも主に若い女を凌辱して殺していたな……吸血鬼が正体との話もあったくらいだった……」 「若い娘の血だ! ここでそれをよこせ! タリナイ、モット、モット、モット!」  と、言葉の後半で赤マントの声が突然、耳を突き刺すような高音になった事に、信者達が怯んで後ろへ下がった。 「モット、モット、モット、タリナイ、ゼンゼンタリナイ!」  葉咲がおそるおそる一歩前に出た。 「て、展望室になら、まだ若い女が残っているかも……」 「何?」祐華が葉咲に顔を向ける。 「そ、その……展望室なら逃げ遅れた客が残っているかも……オフィスを捜すよりはそっちの方が若い女が残っている確率が高いかと……」  思案するように間を置くと、祐華は諭すような口調で赤マントに提案する。 「では大神……若い女の調達は他の者に任せて、我々は二人で祝祭を進める。私のコクピット行きを邪魔する戦闘員を全て排除してくれれば、その後は展望室で捕まえた若い女の血と肉をたっぷり堪能すればいい、それで問題がないはずだ」 「…………モット」 「……どうだ?……真師!」  祐華があえて人間の時の名前を強く言うと、赤マントの獣の瞳に微かながら人間的な光が戻った。 「う…………い、いいだろう。大勢の人々を精霊にしてやる事が我が教団の宿望! 若い女の血肉はその後でもよい! タリナイ、マダマダタリナイ!」  赤マントは弄びつくした女子社員の死体を後ろに放り投げると、雄々しく立ち上がる。 「さあ、ではコクピットのある場所まで案内しろ、祐華! 邪魔する戦闘員の腹を切り裂き、巨大魔神を我が教団の手中に収めるのだ! モットモット!」  少なからず今は赤マントが正気を取り戻した、と判断した祐華は力強い目で残っている信者達に最後の指示を出す。 「私と大神はこれからコクピットを占拠し巨大魔神を我らのものとする。ここに残っている全員はまとめて展望室に行き、大神の期待に応えられるように行動しろ!」  疲れを表情に出しながらも信者達は大きく頷いた。 「その後、南棟の42階で合流だ。その時にはもう巨大魔神は私の手中にある。優等席でこの街が破壊され、多くの人間が精霊となっていく様を眺め、我が教団の勝利を喜ぶがいい!」  残っている信者全員が力を振り絞って機関銃を掲げ“ウオオオオオ”っと雄たけびを上げた。 「さあ、あと一仕事だ、皆の者。心配するな、たかが一般人向けの展望室。脅威となる敵がいるはずもない。もし……万が一いる事があったならば残りの弾丸を全てそいつらに使い切れ! 遠慮はいらん、獣のようにそいつらを皆殺しにしろ!」 *******************************  一発一発狙いを定めたライフルの銃声が展望室一帯に木霊する。  銃撃の恐怖で顔を強張らせながら須藤が叫んだ。 「あ、あれ、渋谷署で警部がしばきそうになった老人ですよね?」 「そうだね、私にとっちゃ懐かしい顔ってやつだ! しかし、よりによってなんでこんな時のこんな所にいるんだ、タイミングの悪いこった、まったく!」  と、その時、これまで床に伏せていた鷹藤が立ち上がり、老人と狙撃手を迎え入れるように両手を広げながら走り出す。 「ああ、お前らよく助けに来てくれた。褒めてつかわすぞ! 俺をここから脱出……」 「引っ込んでろ、クソガキが!」  と老人が感激の表情で己を迎え入れた鷹藤の右膝を撃ちぬいた。  悲鳴を上げながらまた床に蹲る鷹藤。 「ぎゃあああああ! ええええええ! お、俺を撃ちやがった。なんでなんでなんで? なんでだあ?」 「お前よりの指示なんかよりも昭和の怪物の退治が優先だ。流れ弾を浴びたくなけりゃ、そのまま床の上で寝てろ!」  老人は鷹藤向かって怒声を上げると、木製ベンチの上に飛び乗って発砲する位置を変え、理沙向かってライフルを連射する。 「うおおおおお、待った、待った、待った、昭和の人! 今はあんたと戯れている時じゃないんだっつの!」  理沙が弾丸を避けるように商品棚から飛び出し、レジのカウンターの後ろに飛び込んだ。 「だ、大丈夫ですか、警部?」 「いいから早く、マー坊、例の解放の言葉を! 巨大魔神が動きだしたす前に! そして教団がここを襲撃する前にだ!」 「え?……」 「私の中の口裂け女を解放する呪文を唱えるんだ。見てな、期待どおり暴れてやる! いくよ、いい?……」 「で、でも警部は一生、戻らないまま怪物になるですよね? 昭和の鬼畜の都市伝説に?」 「は、なんだと?」 「つまり……また悪者になって昔のように平和な人々を襲い始めるんですね?」 「今はんな先の事に構ってられっか! さあ、一人じゃ感覚を取り戻せない! 美人ママに生きて会いたかったら復活の言葉を言って私を解放しろ。いくよ……私、キレイ?」  次の瞬間、老人と狙撃手の銃撃が須藤に集中する。 「クソが、その言葉を唱えるんじゃない、若造!」  弾丸の嵐が須藤を襲い、たまらくなった須藤は商品棚の背後から窓側の柱の陰まで一気に走った。 「うわあああああああ!」  改めて警告の一発とばかりに老人がその柱に一発銃弾を撃ち込んだ。 「やめろ、若造! 何があっても言葉を唱えるんじゃない! 奴が本性を現したら、またあちこちで大勢の罪のない人々が怪物の餌食にされ国中が恐怖に包まれるんだぞ!。お前もいずれ殺される! お前のママもな!」 「あー……昭和の人、今はそんな事言ってる余裕がないんだよな……実際の話」  ぼやくように言うと理沙がレジの後ろから老人に向かって大声を上げる。 「それに言っても信じないと思うけど、今からこの建物が巨大ロボットに変身して東京を破壊しまくって地獄絵図にする。しかもそのテロの一番偉い人の正体が赤マントだ! 手の打てるうちになんとかしないとシャレにならない事態になるよ!」  若い狙撃手がカウンター向かって鉛の弾をぶち込んだ。 「何だと、都庁が巨大ロボットに変身する? ふざけるな、そんな狂ったバカな話でこの場を乗り切るつもりか? 無理だ、お前はここで俺達に爺ちゃんの仇を取られるんだ、この昭和の怪物が! こっちはまだたっぷり弾が余ってる。お前はここで死ぬんだ。もう逃げられやしないぞ!」 
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