第五十三話 コクピット

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第五十三話 コクピット

 葉咲と十数名の信者達が南展望室直通のエレベーターの中で機関銃の再装填をしている。またいつでも撃ちまくれるように。 「もし、展望室に大神様の生贄にする若い女が一人も残っていなかったら?……」  若い女の信者が葉咲に尋ねた。 「心配するな。その時はお前を大神様に差し出せばいいだけの話だ。大神様に喰われるからにはきっといい精霊になれるだろう」 「う……」とその女信者は複雑な表情で言葉を詰まらせた。 「三十の歳になってしまった私には羨ましい話以外の何物でもない。代わってやりたいくらいだ」  羨望のまったくこもっていない顔で葉咲はそう言うと、そっと耳をすました。 「……他の階で怒涛の如く銃声が鳴りまくっている。ものすごい量だからどこでどれだけ炸裂しているのか分からないが、大神様と祐華様が戦闘員達を殺しまくっているに違いない」  最初の弾を機関銃の薬室に送り込むと、葉咲は信者達向かって引き締まった顔を向ける。 「いいか、展望室に着いたらできるだけ若い女をさらえ! 逆らうようだったら銃で脅せ。邪魔する男がいたら殺せ、容赦はいらん! 心配ない、展望室には我々に怪我の一つ与えるような敵はいないのだからな!」  葉咲がそう言ったと同時にエレベーターが南展望室に到着し、扉が開いた。  その瞬間、流れ弾が葉咲の左の頬をかすめ、その後ろにいた若い女信者の頭部を粉々に吹っ飛ばした。 「あれ?……」  葉咲が目を点にすると、していた見も知らない老人と若い狙撃手が、紅い福音の面々向かって怒声を上げる。 「なんじゃあ、お前ら!」 「邪魔するな、とっとと失せろ!」  葉咲と信者達が茫然とその場に固まったままでいると、エレベーターのドアが勝手に閉まり、そのまま下降を始めた。 「え? ええ~~…………」 ******************************  赤マントが戦闘員達を無残に虐殺している様を目の当たりにしながらも、祐華は冷静に巨大魔神のコクピットがある隠し部屋に進んでいる。 「本当に酷いものだ……滑稽なほど……」銃声と断末魔の悲鳴に包まれながら、祐華がそう呟いた。   42階に到着すると、予想通りホームレスの恰好をした戦闘員が待ち構えており、すぐに一斉射撃が始まった。  しかし、攻撃の効果もないままその戦闘員達は次々と赤マントに体を引きちぎられ、祐華の進む足元に凄惨な死体となって放り捨てられ続けていく。  地獄絵図が目の前で展開されているというのに、自分が正気を失わないのは、家族の無念を果たしたい気概と同等に、どんな犠牲を払ってでも祝祭を成功させるという強い信念があるからに他ならない。 「そう、だから私は大丈夫だ……最後までこのままの状態で勝つ」  祐華は自分に言い聞かせると、後退しながらも必死に発砲を続ける戦闘員達と、期待以上の猛威となって暴れる赤マントをよそに、とある部屋のドアの前で足を止めた。  永遠の空き室。そういう事になっていると祖父と父から教えられた。そして、その旧型のボタン式ドアロックは、亡き父がランダムに選んだ11243710という番号を順に押せば解除される。 「さあ、行くよ……お爺ちゃん、父さん。巨大魔神を目覚めさせるよ」  そう語り掛け、祐華がダイヤルを一つ一つ確実に押すと、敵が侵入する危機などはなから想定もしていなかったかのように、ドアは簡単に開いた。  部屋の中は建設当初、何かの事務所を装うとしていたのか、まったく使用感のないデスク四つの上に、それぞれブラウン管型モニターとデスクトップPCがビニール袋から開封されないまま置かれている。  祐華はそのデスクの上に自分の機関銃を置き、何一つ物が収納されていないスチールロッカーの横に回ると、それを両手で押してずらし、その背後に隠されていたスライド式のドアを露出させた。  教えではこの扉の向こうに東京都本庁舎という名の巨大ロボットのコクピットがある。 「さあ、ついたぞ、巨大魔神。これから破壊という破壊の限りを尽くし、数えきれないほど多くの人間を精霊に変えようじゃないか……彼らと我が教団のために!」  気合いのこもった語調で言うと、祐華はそのドアの取っ手に手をかけた。  しかし、次の瞬間、祐華はドアを開ける事無く、そのまま崩れるように床に膝をついた。 「え…………」  体中の力が抜け、で赤い衣服が濡れていく。 「な…………」  祐華は全身がしびれ始めたのを感じながらも、何事があったのかと顔だけを部屋の入口に向ける。  そこにはサブプレッサー付きのオートマチックの拳銃を構えた男が立っていた。 「そのコクピットから離れろ、クソ女! 次はその眉間に弾をぶち込むぞ!」  祐華はその顔じゅうが血まみれで左腕を肩から欠損している男の姿を見て、さきほどすぐ横を通り過ぎた戦闘員だという事を思い出した。  無残な有様で床に転がっていた事から勝手に死体だと認識してしまったが、どうやら大きな過ちを犯したらしい。 「おい、聞こえたろ? とっととそこから離れて降伏しろ! 次は本当に殺すぞ!」  瀕死の重傷を負っているはずだが、その戦闘員は殺意と戦意が十分に伝わってくる力強い目で祐華を睨み続ける。 「……そうか……やはりこの私も己の手を狂気の血で染めろということなのか……」 「なんだと? 今、なんて言った?」戦闘員が威嚇を込めるように大きい声で言った。  腹部が重くなっていき、呼吸が苦しくなり始めたが、祐華は赤い衣服の胸の内に隠してある小型の回転式の拳銃にゆっくりと手を伸ばしていく。 「……そうだな……確かに自分だけ最後まで綺麗な手でいるなんてどう考えても虫が良すぎる話だ……よかろう、ならば私も自らこの手を汚そうではないか……」  悲壮感のこもった声で言うと祐華は懐の内の拳銃を握った。    不審な気配を感じ取ったか、戦闘員が慌てて銃の照準を絞って発砲の体制に入った。 「こ、このクソ女! 死ね!」  次の瞬間、祐華は力を小型の拳銃を抜き、狙いを定めないまま連続して引き金をひいた。  拳銃に込められていた銃弾五発が一気に放れると、そのうちの三発が壁に小さな穴を作り、残りの二発が戦闘員の喉と左目の上にめり込んだ。  戦闘員は「ぐっ」と声を上げるとすぐさま床に倒れて動かなくなったが、祐華は激しい眩暈に襲われ、倒れる直前まで体をよろけさせた。 「クソがっ! 終わらん、こんな事で私は終わらんぞ! 私にはやらなければならない事がある! 祝祭を最後までやり通さなければならん!」  そう強く吐き捨てると、祐華は歯を強く食いしばってノブに手をかけ、血を流し続ける己の腹と人を殺めた罪の事を考える時間を憚るかのように、一気にコクピットへのドアを開いた。 「やってやる! 大勢の! 多くの! 数えきれないほどの人間を精霊にしてやる! 都心もまとめて焼け野原に変える! そして祝祭を成功させて終える! 我が教団の望みどおりに! さあ、行くぞ、巨大魔神!」 ****************************** 「み、皆さん、こ、ここは冷静に話し合いましょう!」  老人と狙撃手がライフルの弾を込め直すタイミングを見計らって、須藤が両手を挙げながら、商品棚の陰から姿を現した。  右手に見せつけるように広げた警察バッジを持ちながらも、丸腰に変わりはない状態で。 「えええ~~~!」とレジのカウンターの後ろから理沙が“こんな時に何してやがる? おい!”と言わんばかりに悲痛な声をあげた。  冷静な話し合いを望む男に、興奮が収まらない老人と狙撃手がライフルの先を向ける。 「若造、これ以上邪魔をするとお前も容赦しないぞ」老人がライフルの引き金に指をあてたまま言った。 「うっ!」という言葉を飲み込むと、須藤は敵意がない事を強く主張するように、背伸びをして両腕を高く挙げている事を主張する。 「ま、待って、落ち着いてください。一先ずその銃口を下に向けてください。お二人は僕に恨みがないはずですし、刑事の僕を殺してしまってはお二人とも後々、重い罪に問われます」  須藤のハッタリに動じる事無く、二人は須藤に向けているライフルを微動だにさせない。 「お、落ち着きましょう。ここが巨大ロボットに変形するのは本当です。本物の赤マントまでいるうえ、街は危険な状態なんです。ともかくこれから都心でどんな狂気の大殺戮のテロが行われようとしているかお話します。そうすれば昭和なんて遠い昔の過去の事で争っている場合じゃないと分かってもらえるはずです!」  と、横から理沙の声が割り込んでくる。 「そんな事より、口裂け女の解放の言葉を! 私はこんな所で死ぬのは御免だよ、マー坊」 「ちょ、ちょっと待ってください。ここは僕に任せてください!」 「私を解放してくれたら、赤マントと教団だけじゃなくその二人もちょちょいと片づけてやる! 沖縄旅行は残念だけど、その変わりに昭和の時代に大流行した派手なスプラッターシーンを見せてやる、リアルタイムで! だから今すぐ解放の言葉を言え! 私、キレイ?」  老人と狙撃手が理沙の隠れているカウンターに銃口を向けた。 「わーっ、待って、待ってください。だからここは冷静に話し合いましょう! い、今のは冗談ですって。だから銃を降ろしてください。そうすればこの南展望台で血なまぐさい事が起きる要素は完璧になくなるのですから……そ、そのはずです……」
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