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第五十六話 静けさと大騒ぎ
各局のレポーターがそれぞれのカメラの前で激震によって恐怖に慄く警察関係の人員、野次馬達、そして異変を起こした東京都庁舎の様子を伝えている。
「激しい揺れがまだ続き、この辺りはコンクリートの粉塵が飛び交っています。地震の発表はまだなく、この揺れの発信元は都庁だと思われます!」
その女レポーターは興奮と畏怖で荒くなった息づかいで、大きく姿を変えている都庁に指をさした。
他局のレポーター達も揺れを堪えながらそれぞれの中継で都庁の異変を伝えている。
その背後から機動隊員達による数々の荒い声が響く。
「皆さん、早く避難してください。ここから一刻も早く!」
「ここら一帯は危険です。至急、離れてください!」
しかし、マスコミや野次馬の誰もが好奇心と戦慄で足を動かす事ができないとばかりに、地面の振動に構うことなく東京都庁舎の異変を注目し続ける。
都庁の高さはもはや三百メートルを超えていると思われ、地面から突如、姿を現した二本の柱はそれぞれが折り曲げられるのか中部に継ぎ目があり、その最下部には東京都庁の建物全てを支えるような、足首から下と思われる五本の指がついた長方形の土台が姿を現せている。
「ま、まさかあれが街を歩き回るんじゃないだろうな……」レポーターの一人が怪獣を目の前にしたように顔を引きつらせながら言った。
「そ、それってどれだけの被害が出るの?」女レポーターが弱弱しく呟いた。
と、その時、これまで地面を襲っていた異様な現象が突然、ピタと治まった。
「な、なんだ……」警告の声を上げていた機動隊員があたふたと辺りを見回す。
周辺の人々も困惑し、何事かと都庁と地面を交互に視線をやる。
そして、これまでの騒々しさが嘘のように、皆が不気味に静まり返った。
異常事態が終息した事への安堵よりも、嵐の前の静けさを感じ取っているかのように。
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展望室の視界が下界からどんどん上がっていく状況が止まったと同時に、須藤の足元が平穏を取り戻したように静かになった。
「た、建物の揺れが止まった……」
須藤はグランドピアノの下から顔を出し、展望室の状況を確認する。
天井や壁、床にいたっては蜂の巣状態で、展望室の周辺を壁のごとく覆うガラスの数々はもはや全てといいほど粉々に砕け散り、夜の冷たい風が遠慮なくその空間を通過していく。
信者達はすでにその場から立ち上がっているが、また機関銃を撃ちまくった方がいいのか、それとも今すぐここから逃げ出したほうがいいのか判断がつかないようにおどおどと互いの顔を見合っていた。
そして、理沙と昭和からの因縁をもっている老人は、揺れで転倒した際に激しく頭を打ったのか、展望室の真ん中でいびきを搔きながら意識を失っている
「いやはや限度を超えた揺れでしたね。警部、大丈夫ですか?」
発狂した襲撃者達の手が止まっているのを確認した須藤がカウンターに向かって声をかけた。
「ん、警部? 大丈夫ですか?」
改めて尋ねたが返事がないまま静けさが続く。
「な……ちょっと、警部!」
須藤は慌ててグランドピアノの下から姿を出し、カウンターの後ろへ顔を出した。
すると、そこにはぐったりとした表情で仰向けになって倒れている理沙の姿があった。
「警部、う、撃たれたんですか?」
「いいや……違う……撃たれてはいない……」
「え、それじゃいったい……」
青くなった顔で理沙が答える。
「…………酔った……」
「は?……酔った?」
「……いや、マジで酔ったわ、これ」
と、その時、須藤の後方から藻菊の凄まじい嘔吐の音。
「おげええええええええっ!」
そしてそれに続き、鷹藤の悲鳴。
「うわああああ、バ、バカ、俺のそばで吐くな。向こうで吐け! こっちは動けないんだぞ! や、やめろ、やめてくれぇぇぇぇ! ぎゃああああああ!」
急激に気が緩んだ須藤はがっくりと肩を落とし、理沙の隣に腰を投げ出した。
「まったく、ほんと人騒がせな!」
「おお……何を言う、マー坊。こっちは約50年もジェットコースターどころかブランコともご無沙汰だぞ。ダメージ大ってやつだ。冗談抜きで気持ち悪くて動けないぞ」
「ほお、ならば好都合だな……」
そう背後から不穏な声がし、理沙と須藤が振り返ると、そこには機関銃を持って殺気だった葉咲が立っていた。
「うっ!」と声を出す理沙と須藤。
「さっきから様子を伺っていたが、どうやらお前ら二人、祝祭にいろいろ土足で足を突っ込んでいるようだな。警察の人間か、え? 異教徒よ」
葉咲が機関銃の銃口をグロッキーな状態の理沙に向ける。いつでも引き金をひけるような本気の目で。
「答えろ、でないとその下品でお下劣で汚い女を、この場でズタボロの死体にするぞ。動けないというのなら弾を外すこともないだろ、え?」
「わーっ、待った、待った、待ってください! 話し合いを、話し合いをしましょう!」
須藤が喚きながら、盾になるように銃口と理沙の間に立ち塞がった。
「おお……マー坊、身を呈いて私を助けてくれのか、感動したぞ! さすが私の愛玩具! 美人ママの息子!」
「あー……今はそんな悠長な事を言っているシチュエーションじゃないと思いますけど……」
「いやいや、実はマー坊。私が酔ったぐらいでこんな大袈裟に重症ぶっているには理由があるんだわ」
「は? 理由?……」
「そう……実はこれは罠だ!」
言うやいなや、理沙は須藤を横に押しのけた。
そして、背中の下に敷くように隠していた、若い狙撃者が使っていたライフルを構えると間髪いれずに葉咲の右肩に弾をぶち込んだ。
大量の血と砕けた骨の欠片が飛び散り、葉咲は握っていた機関銃を床に落下させた。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
理沙は素早く立ち上がると、叫び続ける葉咲の首根っこを掴む。
「さあ、ぐずぐずしている暇はない。とっとと行くよ、マー坊!」
「い、行くってどこへ?」
「都庁が起動した。って事は今、この都庁ロボットのコントロールは赤い福音の信者、ここにいない祐華ちゃんか誰かが握っているってわけだ。そいつのいるとこを知ってる奴に、そこまで案内してもらう」
「……今の罠は最初からそのつもりで?」
「その通り! ともかくこのクソでかい建物のどこかで都庁ロボを操縦している信者がいる。そこへ早急に連れて行かせる。ねえ、お局の人?」
言うと理沙は、今は腕を抑えながら自失している葉咲の側頭部にライフルを突きつけた。
「この巨大ロボが街へ散歩にでかける前にとっと操縦室にいるその信者をしめてお縄にするよ。そして、今回の狂った祭りを全て終わりにしてやる!」
そして、理沙は信者達向かって、声を張り上げる。
「さて、見ての通りあんた達のお局の人を人質にとったよ! 後でこの怖いお局の人にいじいじパワハラ説教されたくなければ機関銃を降ろしたまま、私達がここから去るのを見送って……」
その瞬間、信者達がぞろぞろと機関銃を持ち直した。
「え……」と呟き、ギクッとした表情になる理沙と須藤。
信者達は葉咲が人質になっているのを気に止めていないのか、それとも日頃、葉咲に対し人としてよい感情を抱いていなかったのか、一斉に銃弾の連射を開始した。
「撃て、葉咲様の為にも異教徒の蛮行を見逃すな!」最初に撃った信者が怒声を上げた。
「葉咲様、お許しを。これも祝祭のため!」その横の信者が続くように発砲を開始した。
「まだ弾も残ってる。祭りは終わってないぞ! 大神様のためです、葉咲様、ご理解を!」その背後の信者も情け容赦なく機関銃の火花を散らす。
「えええええ!」と、理沙と須藤は叫ぶと、銃弾の掃射を受けながら、エレベーター向かって全速力で走り出した。
「なんでなんでなんで! 人質をとっているのに」須藤が刑事という立場を忘れて言った。
藻菊が気持ち悪そうな顔をいまだにキープしながら、指示を出す。
「撃て、逃がすな。祝祭のためだ、葉咲も分かって散ってくれる。撃ちまくれ! 葉咲に散って精霊になる名誉をやれ! 情けはいらんぞ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」と恐怖の声を上げ、葉咲が須藤と理沙の後を追う。
「いやいや、ほんとあんたんとこの教団の上下関係どうなってるわけよ、お局の人!」理沙が弾丸の大群に襲われながら葉咲に物申した。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃ!」と涙目で不気味な声を発すると、葉咲は理沙と須藤を追い抜いた。
「え? は、早い!」須藤が仰天の声を上げる。
「マジか!」と理沙。
銃弾の嵐を猛然と走り抜けた葉咲はエレベーターの前にたどり着くと、負傷していない手で開閉ボタンを押し、一気にその中へ身を投げた。
「待て待て待て待て、お局の人! 私らが行くまでエレベーターの扉は閉めるなよ、絶対にだ!」
「ちょちょちょちょと、そ、それ本気でお願いしますよ!」須藤も駆けながら必死に懇願した。
と、その時、ロケットランチャーを持っている信者がその背後を狙うように自分の立ち位置を変えた。
「おおお、だからそいつは反則だっつの、この野郎! くそ、お前、顔は覚えたからな! 本当だぞ!」
理沙は中指を立てて言い放つと、須藤と共に開いたエレベーターの扉の奥に向かってドタバタと飛び込んだ。
そして、ロケットランチャーを持った信者の照準が定まる前に扉が閉まるように、須藤が閉じるのボタンを死に物狂いでバシバシ押しまくる。
「早く閉まれ、早く早く早く早く早く!」
須藤の願いが通じたか、大砲の弾が飛んでくる前に扉は閉まり、エレベーターはゆっくりと下降をし始める。
「ふうううううううううううっ」
と、理沙は床に尻をついて胸を撫で下ろすと、腕の傷の痛みと仲間達に無様に捨てられた怒りと悔しさで大量の涙と鼻水を流している葉咲にライフルを向ける。
「……泣いてるところ悪いけど、お局の人。このバケモンを操縦している奴のところまで案内してもらうよ!」
そしてげんなりとした顔で付け足す。
「赤マントを避けてだ…………そして、これで今度こそこのキ〇ガイ教団のバカ騒ぎはおしまいだ、絶対に!」
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コクピットの中でけたたましく鳴り響く警告のブザーの音で祐華は目を覚ました。
「しまった……」
腹から大量に血を流し続けていたおかげで一時的に気絶していたらしい。
体全体に軽いしびれを感じながら祐華は右コンソールに設置されている小型のレーダーに目を向けた。
するとその画面には二つのドットが点滅をしながら接近している様が表示されている。
「戦闘機か……ずいぶん早く来たもんじゃないか……想定外だな」
言うと、祐華は操作パネルに手を伸ばし、キーを叩く。
「だが相手が悪すぎたぞ……お前らの相手はこの国、最大の破壊兵器なのだからな」
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