第七話 処刑者たち

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第七話 処刑者たち

 ワゴンカーの窓から、須藤と理沙がいる捜査本部を見上げる公安の刑事・元木。 「どうだ? 口裂け女と新人に何か変わった気配は? 逃亡の準備してねえか?」  気だるそうに伸びをしながら尋ねた元木に相棒の尾上が憮然とした表情で答える。 「さあな、とりあえず今は危険な事は起きてねえはずだ。警察の機密情報って事であの女の映像を残す事はNGでカメラが仕掛けられねえ上に、安物盗聴器のおかげで雑音が酷くて会話の細かい内容までは分からねえが……ま、どうでもいいさ」 「なんだよ、投げやりな言いぶりだな。やる気あんのか?」 「あるわけねえだろ、捜査の監視の対象が口裂け女って言われてもよ」 「なんだ、お前は信じてないのか? 口裂け女」 「アホか。信じるわけねえだろ、そんな昭和の与太話。だいいちそれ以前にあの女ぜんぜん口裂けてねえじゃねえか」 「だよな、裂けてねえんだよ。どっちかつうと口裂け女ってよりガラの悪いヤンキーだよな、あれ。きっと上は何かを隠したいから俺達に適当な話をでっちあげてんだろ」 「だったら他でもよかったろ。なんでわざわざ口裂け女なって奇妙なチョイスしたんだ?」  「さあな、上の考えなんて知るか。まあともかく俺達は命令通り例の怪物女が逃走を図っって、一般市民の危険が発生した時は一気に弾丸まみれにしてぶち殺せばいいだけっての話だ」 「ああ、奴の処刑係を任命されたからには容赦なく殺らせてもらうぜ。ヤバい気配を見せただけでもあの女を蜂の巣にして葬ってやる。くだらねえ伝説ごとまとめてな」 *********************************** 「……だ、大丈夫に決まってるじゃないですか。僕があなたを恐れる理由なんて何もありません。むしろ口裂け女なんてレアな怪物と組んで事件の捜査ができるなんてラッキーにも程があるくらいです」  自分を助けに来てくれる二人のハンターという隠しアイテムがあるため、一先ず須藤はそう虚勢をはれた。  もちろんそれだけに留まらず、口裂け女の存在にまだ半信半疑である事実が、須藤の恐怖を抑制する後押しとなっている。  理沙は何か企みを感じ取ったように一度、横目でジロリと須藤を見つめるが、それ以上は追及する姿勢を見せなかった。 「ん、まあそれならそれでOKとしますか。コンビを組むのに怖い怖くないを挟むと、男女のいい雰囲気も芽生えなくなっちゃうからね。で、ところで君の下の名は? 巡査部長。まだ聞いてなかった」 「は?……雅治ですが」 「よし、マー坊」 「マー坊!」 「この捜査本部は警部さん、いたく気に入りました! きっと立派な捜査本部として機能するでしょう、ウム! だけど一つだけ、ほんとにほんとの一つだけこの捜査本部で気になる事があるんだわ」  言うと理沙は眉をひそめがら、床から天井に伸びている鉄のポールを握った。 「……なんじゃ、この棒?」  気になるのも無理はない。理沙が不審がっているこの鉄のポールはこの捜査本部兼住居の各部屋すべてに設置してある。居間やキッチンだけではなくトイレやシャワールームまでにもだ。 「いや、あっちこちにあるけど、この棒いったいなに? まさか捜査の日課にポールダンスの練習なんて含まれるとか?」 「ああ、簡単ですよ、これはこうするためにあるんですよ、警部」  すました顔で言うと須藤は手錠を取り出し、理沙の右手首にはめるとそのまま手錠をポールにつなげた。 「なんだ?」 「申し訳ないですが、ここにいる間、警部にはずうっとその鉄の棒に手錠をかけ続けてもらいます」 「ええええええ!」と理沙が自分にはめられた手錠を見ながら悲鳴を上げた。 「口裂け女の逃亡防止のためです。それと先程ご覧になられた奥の部屋の窓も固定されて開けられないようになっています」 「マジか?」 「ええ、もちろんです。口裂け女なんて脅威に窓から逃亡なんかされたら、また世間は恐怖で大パニック、一般の人々が危険にさらされる事になりますからね。身動きができなくて不自由かもしれませんが、口裂け女から被害者が出る事を防ぐためです、我慢してください」 「おいおい、逃亡ったって六階の部屋の窓だよ、六階の! いくら私でも六階から飛び降りるなんてそんな無茶しないってのよ、おい! 言いたい事は分かったからもう手錠を外してよ、マー坊、いや、マジで! やっと自由になったって思ったのに、私はもう改心しているだってばさ、おい!」 「残念ながらできません、警部。無論、捜査の間は手錠を外します。僕の目が行き届きますから。しかし、深夜を含めたそれ以外の時間は口裂け女逃亡防止策として警部にはずっと手錠に繋がれて頂きます。ずっと同じ場所で飽きたら奥の部屋のポールに手錠をかけましょう」 「え、いやいや、待った。足首にGPS付きのリングまではめているのに? しかも両足ときた。って、おい、マジか? ペットの犬や猫だってここまでされてないっつの!」 「相手は昭和の時代に日本中を震撼させた都市伝説です。犬や猫とは人々に与える危険性がはるかに違うんです。残念ながら」 「おいおい、口裂け女は犬や猫みたいに牙を持ってないじゃん。今の私の何処が奴等より危険だっつのよ、まったく……」  理沙は「もおおおおおおおっ!」と不満を込めて大声を出しながら両手で手錠を大きく揺らしたり、小指の爪先で必死に鍵穴をほじくったりすると、諦めたようにがっくりと肩を落として吐息をついた。 「はあ……まあ、いいでしょう。これでここの設備はひとまず分かった」 「分かっていただけましたか?」 「うん、とりあえずは警部さん、自分の状況がよく分かりました」  そう言うと、爪先で鍵穴をほじくった時に解錠に成功していたのか、理沙は自分の手首からサクッと手錠を外した。 「え?」  そして、きょとんとする須藤の右手を引っ張ると、ポールに繋がっている手錠にそのままがちゃんと繋げた。 「はい、これで今度はマー坊が棒に手錠で繋がれたわけだ、ふふん」 「ちょ、ちょっと待ってください、い、い、いったい、どうやって手錠を外したんですか!」  パニックになり慌てふためく須藤に構うことなく、理沙はもう一つ別の手錠を手に持つ  と、今度は須藤の左手にはめ、そのままその手首を同じ鉄のポールにつなげた。 「おら、もういっちょ、ガチャリとね」 「え、え、え、え? な、ちょ、ちょ、ちょっと! 待ってください。その新しい手錠はどこから?」 「ん、マー坊がさっき持ってた私への支給品が詰まった段ボール箱に入ってた」 「は?……」 「これで君は両手を手錠で繋がれて動けなくなったわけだ、巡査部長」  理沙を完全に自由な状態にさせ、逆に自分が両手を手錠に繋がれ動けなくなった須藤はパニックになったように慌てふためきだす。 「しまった! わっ、わっ! ダ、ダメです。やめてください! そんな事は許しません。諦めてください! 無駄な結果に終わるだけです!」 「ん、無駄な結果に終わるって何が?」 「逃亡ですよ。許しません! 逃げてどうするんです? また人を襲う気ですか!」  須藤の頭の中で急速に、怪物に襲われ血達磨になって地面に横たわる一般市民のイメージが走る。  喉を鋏で切断され亡骸になっている者、血達磨になり悲鳴を上げながら必死に逃げる女子高生、学校の下校時にまとめて襲われ道路を血で染める幼児の死体の山。これまで軽く考えていた口裂け女の存在が、須藤の心の中で現実的な恐怖となる。 「い、い、今ならなかった事にします、考え直してください! また一般市民を襲ってもあなたに利益はありません! すぐこの手錠を外して僕に降伏してください!」  叫びながら手錠をはずさんと須藤は必死に手首を後ろに引っ張るが、手錠のリングが手の肉に食い込んで苦痛を感じる事しかできない。 「はあ? 逃亡? 人々を襲う? はて? 私がそんな物騒な事するわけないじゃん。おかしなこと言うなあ、マー坊は」 「騙されませんよ! 逃げる気満々にしか見えません。ここから逃走しても日本中の警察があなた追う事になります。世間の人々を恐れさせ、怒らせるだけで最終的に疲弊したあげく最後は警察に捕まるのがオチです! 逃亡は諦めて僕と事件の捜査をしてください!」 「こらこら、私だってバカじゃない。捜査に協力しておんもの自由な空気を吸うか、また世間の人々相手にやんちゃやって地下牢にぶち込まれるか、この二択から選択しろって言われたら考えるまでもなしだ」 「え? じゃあ逃亡する気がないのならいったいなんでこんな真似を?」 「ん、なんでこんな真似をだって?」  と、その時、須藤は理沙の鼻息の音が大きくなってきている事に気が付く。 「え……こ、今度は何ですか?」  理沙はさらに呼吸を荒くしながら須藤に接近してきた。 「ちょ、ちょっと待ってください、警部。なんで僕のシャツのボタンを外しはじめてるんですか?」 「それはだな……巡査部長。知っての通りこっちとら半世紀以上、地下牢にぶち込まれていたわけだ……独りで」  言い、理沙はじっとりと座った目でグへへへへと笑った。 「え? え?……な、なんですか今のオヤジ笑いは……」 「つまりいろいろごぶさたってわけだ。お姉さん、たまってんだよ。つまり人肌の感触に飢えてるってわけでな……」  須藤のシャツのボタンを一つ一つ外しながら、理沙はもう一度グヘヘへと笑う。 「そのだ、生娘じゃありまいし、もうこれ以上言わなくても分かるだろう? 巡査部長」  貞操の危機を察した須藤は心の底から女子高生のごとく甲高い悲鳴を上げる。 「キャ~~~!」 「諦めろ、もうどこにも逃げられないぞ、巡査部長。大丈夫、お姉さんがたっぷり可愛がってやるからオールナイトで楽しもうや、な? な? な? な?」  理沙の鼻息がフゴーッフゴーッとゴリラ並みの大音量となった。 「キャ~~~!!」  
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