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21.これからするべきは
「神尾?」
引き戸の向こうに丁度立っていたのは、ワイシャツにスーツのズボン、上にグレーのパーカーを羽織っているラフな出で立ちの男の人だった。そしてその瞬間思い出す――この人が、俺のクラスの担当教師だってことに。
「あ、有明先生……?」
「おう、ああ、久しぶり、だな」
先生も少し戸惑うような素振りを見せている。
「神尾……、来て大丈夫なのか? お前、学校はもう来ないって言ってなかったか。勉強もついていけているし、楽しくないからもう行きませんって……」
「いい……ましたね」
俺と先生の目が合う。目の前の教師の瞳には、本当に心配そうな色が浮かんでいた。おそらく相対するのが初めてだったのだろう――いじめやトラブルという理由もなく、不登校になった俺みたいな生徒と。
「で、でももう大丈夫なんです」
「つまりそれは、学校に来るってことか?」
「えっと、それは……」
「じゃあ、なんで今日は来れたんだよ」
先生の問いかけに、俺は思わず叫んでいた。
「おっ、教えてほしいことがあるんです!」
その声の大きさに、職員室に居た他の先生三人くらいが此方を向いた――そんなの、お構いなしに。
「先生、こ、この学校に『斑鳩久遠』っていう生徒は居ませんか?」
おそらく、友人が異世界――精神世界での語ったことが正しいのならば。
「たぶん同い年のはずです。二年のどっかのクラスに居ませんかね……?」
俺はそこまで言い切ると、有明先生を見つめた。先生はこちらの剣幕に押されながらも、小さく頷いて、何やら近くの壁に張ってある紙に目を向けた。それは――全校の名簿。
「斑鳩久遠なら……、あ、ほら、ここだ」
有明先生の指が、一つの名前を指さした。
「二年一組、出席番号は三番らしいな」
その声を聞きながら、俺は食い入るように指し示された名簿を見た……確かに、確かに書いてある。
二年一組 三番 斑鳩久遠。
〈幽冥の聖騎士〉の言っていたことは本当だった。久遠は俺と同じ学校の生徒なんだ――。
「先生っ、ありがとうございます!」
「お、おう。でもなんでそんな急に」
「あ、えっと……もしかして、くお……斑鳩くんも学校に来ていなかったりしませんか?」
「あー、確か来てないね」
有明先生が言った。俺は心の中でガッツポーズをした。やっぱり、そうだ。あの世界には不登校とかで社会と関わりを絶った……だけど心の何処かでは戻りたいって思っている人たちが集まっているんだ。
その中で俺は、二つの人格の合意のもとで復帰を果たし、戻ってこれた。そして久遠は……元の世界に戻る出口である【暁の層楼】に迎えに来たのが自分自身ではなく、謎の白衣の男――久遠は知っているようだったが――だったことに失望して自分から消えた。
だったら、この世界で、もう一度久遠と会うためには――斑鳩久遠の心の内の「戻りたい」という気持ちを高めて、それで俺がこちらの世界から【暁の層楼】に迎えに行けば良いのだ。まぁ、迎えに行くのは俺じゃなくて久遠の、現実に残っている方の人格でも良いのだけれど。
大切なのはまず、久遠に会うことじゃないだろうか。こちらの世界に残っている久遠に一度向き合って、それで……うん、そこからのことはその時に考えよう。
だからとにかく――。
「先生、その、斑鳩くんの住所を教えてください!」
「はぁ!? なんで急に」
「家に行きたいんです!」
「追っかけかなんかか!? ってか、そもそも他生徒の個人情報を、そうやすやすとは……」
「違います!」
明らかに先生は困惑している様子だった――だけどここで引き下がるわけにはいかない。
「俺が、久遠を迎えに行かなきゃなんです!」
そう、あの日――謎の早押しクイズシステムに支配された異世界で、あいつが声をかけてくれたから、今の俺があるのだ。だから今度は、俺が久遠を助けに行く。
「迎えに行く……?」
「友達なんです! 俺が戻れたから一緒に学校行こうって……引きこもって一人ぼっちで居るのは、もうやめようって言いたいんです!」
俺は。
「久遠が居るなら学校へ行けます。お願いします、今は深く聞かずに……お願いだから、あいつの住所を教えてください……」
深く、深く。
頭を下げる。
しばらくの沈黙ののち、有明先生が短く息を吐き出すのが聞こえた。
「……わかった」
俺は勢いよく顔をあげる。先生とバッチリ目があった。
「何があったのか知らないが……そんなに頼み込むならしょうがない。たぶん職員室に保管されているファイルにあるはずだから、先生が見てくる。メモを渡すから廊下で待っとけ」
「は、はい! ありがとうございます!」
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