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22.斑鳩家は
――こうして、久遠の住所を手に入れた俺は。
「じゃ、ちょっと斑鳩家に行ってきます!」
「今からか!?」
「急ぎなんです」
「じゃあ今日の授業も欠課ってことか!?」
「そうなりますね。しょうがないです」
「いや、開き直るな!? って、おい、待てー!」
俺は有明先生の大声を無視して、全速力で職員室から逃げ出した。階段を駆け下りて、昇降口へ向かう。左手には、有明先生の丁寧な字で書かれた住所のメモが確かに握られている。
俺は学校を飛び出し、最寄りの駅へ向かった――久遠の家は、ここから二駅の場所にあるそうだ。電車なんて……最後に乗ったの、いつだろ。
そんなことを考えながら、俺は朝の通勤ラッシュの中を、一人緊張した面持ちで電車に揺られていた。
*
久遠の家は、ごく普通の閑静な住宅街の中の一軒家だった。少し駅から遠く、歩くのに時間がかかったため、時刻は午前九時前後。今から、斑鳩家に突撃する。
ここに、“此方の世界に残った人格”の久遠が居る。……俺は震える手でインターホンを押した。抑揚のない電子音の後、「はぁい」という女性の声。母親だろうか。
「あっ、あの、神尾来翔って言う者なんですけど」
『はぁ』
「斑鳩久遠くんとは友達なんです。突然来てすみません、久遠に会うことって出来ますか…?」
『久遠の友達?』
「はっ、はい!」
俺が噛みながらも返事をすると、インターホンの奥からは何やら話し声が聞こえた。誰かと、俺を入れるか入れないかについて相談しているのだろう。
しばらくののち、返事があった。
『今、開けるわね』
玄関の扉が開かれる。中から現れたのは、小綺麗な見た目の女性だった。年齢的にやはり母親に見える。
「神尾くん、だったかしら」
「はい、そうです! はじめまして、あの、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。さ、上がって」
俺はドキドキしながら靴を脱ぎ、家にお邪魔する。木目のデザインがあしらわれた壁と天井、廊下に面している襖。和洋折衷といった感じだろうか、障子の奥にはリビングが見えた。
「まずはお茶を出してもいいかしら」
「あっ、はい、ありがとうございます」
リビングに通された俺は、ぎこちない動作ですすめられた椅子に座る。すると女性は台所へ向かって、そしてまたすぐに戻ってきた。手に持っているお盆には、湯気の立つ茶呑が一つ。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
女性は、俺にお茶を差し出したあと、テーブルを挟んで向かいの椅子にそっと腰をおろした。
「……久遠を訪ねてきてくれたのよね」
「はい。あの、あいつはどこに……」
「二階の部屋よ。きっと、知っていて訪ねて来てくれたんだと思うのだけれど……久遠は、ここ半年、いや、九ヶ月くらいほとんど部屋から出てきていないわ」
女性が続けた。
「あ、そうだわ、名乗り忘れていたわね。久遠の母の斑鳩暁子です。まぁ、そんなこんなでいわゆる引きこもりっていうのかしら? 久遠はそんな状態なの」
暁子さん――久遠のお母さんが目を伏せる。それは嘆いているようでもあり、半ば諦めているようでもあった。
「学校にも行っていないし……やっぱり、あの学校が良くなかったのかもしれないわ。あの子、ただ単に家から近いって理由で、……言い方はあれだけど、偏差値が自分より低いのに、今の高校を選んだのよ」
「そう、なんですか……」
確かに、あっちの世界での頭脳明晰ぶりから察するに、俺たちの学校には不釣り合いな秀才だってことは考えるまでもなく分かっていたことだった。
「もしかしたら、そういう雰囲気が合わなかったのかもしれないわね」
暁子さんの話はそこで切れた。そこで俺が、久遠に会わせてもらえませんか、とお願いしようと思ったところで――。
ガラッ。
突然、リビングの襖が開けられた。廊下から、誰か人が入ってくる。俺はその人の姿を見た途端、思わず目を見開いた。だって、そいつは――――。
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