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25.再会と結末は
それは、紛れもなく僕の声だった。最初は信じられなかった。あんなに嫌いな学校に、居心地の悪い社会に戻りたいと思っている自分が、心のなかに居ることに。
だけどそれは事実で――その頃からだったか。たまに自分の意識が異世界のような場所に飛ぶようなことが起こり始めたんだ。
それこそ、この世界だ。
謎の早押しクイズ至上主義で、寡黙な人たちばかりが集まる世界。クイズに不正解したらこの世界から消えてしまう……そういった恐怖が、支配している世界。
確かにそれは本当だった。僕も最初の頃は不正解で、消されたこともある。だけどその消滅は、“現実の僕”には何ら関係がなくて、また気づけば僕はそな世界に戻っているという繰り返しだった。
次第に、その世界の秘密に気づき始めたのは高一の三月頃だった。最初は異世界転移かと思っていたけれど、実際には自分の身体ごと来ているのではなく、心の中の自分だけが、異世界に存在しているということにも徐々に気づいていった。
そして、出口も見つけた。それがこの【暁の層楼】。エレベーターで行ける最上階が、現実世界との境目になっていて、おそらく僕の推測している“この世界の仕組み”が正しいのならば、もうひとりの僕が僕を迎えに来てくれる筈だった。
なのに、僕がどんなに期待して、最上階へ向かっても――いつも僕を待っているのは、母が勝手に呼んだ精神科医。岸という名のそいつが、いつももうひとりの僕を押しのけて、僕を迎えに来る。
それじゃ、だめなんだ。
僕が僕を迎えに来ないと意味がないのに――。
そんな中、神尾来翔と出会った。彼は世界の仕組みを理解していないようだった。だけど、心のどこかで。人と関わりたいと思ってしまっていた僕は、思わず彼に話を持ちかけた。「この世界をぶっ壊そう」って。
彼と過ごす時間は楽しかった。二人で【暁の層楼】に潜入を試みたときも、最終的には捕まってほっぽりだされたけれど、それでも楽しかった。きっと〈幽冥の聖騎士〉と名乗る世界の支配者的な存在が僕たちを追い出したのは、たぶん来翔の方がまだ謎を解いていなかったからだ。
世界からの脱出条件は、精神世界に居る人格を迎えに来ている誰かが居ることと、世界の正体を知っていること。この二つだったから、その条件を満たしていない来翔と一緒に僕も追い出された。
そのあと、カメラを利用したのも、少しは期待したからだった。僕自身が最初に乗り込むんじゃなくて、一旦ワンクッション置いて行けば――いつもと違うふうにすれば、迎えに来てくれているのは岸じゃなくて、僕なんじゃないかって。
でも、実際には違った。
もう一人の僕は、僕を迎えに来る気がないのだろうか。社会に戻りたいって一人足掻いているのは、僕だけなんだろうかって不安になるほどに。
*
エレベーターの階数表示が、最上階を示した。僕は、心の中で念じながら扉が開くのを待つ。
この心地に至ったのは、今日で何回目なのだろう。期待してもいいだろうか、それともまた白衣の岸の姿に絶望するだけなのだろうか。
「戻りたい」
心の底からの声が、思わず漏れた。
「また来翔にも、会いたいよ――」
重い金属音と共に、エレベーターが開いた。
――そこには、二人の影。
一人の姿を見て驚いた。それは僕だった。もうひとりの僕が、眉を少し下げて微笑を浮かべていた。
「え………」
もうひとりの姿を目にして、僕はさらに驚いた。声が、出なくなる。なんで……。
「え……ら、来翔なのか……?」
そう、もうひとりの僕の隣に立っていたのは、紛れもなくもう一度会いたいと思っていた、相棒だったのだ。
彼は、泣きそうな笑顔で頷く。
「うん。神尾来翔だよ」
「なん、で……あれ、僕……」
あんなに望んでいたシチュエーションが今目の前で起こっているのに、僕の頭が状況に追いついていなかった。うまく言葉にできない僕の前に、二本の手が差し出される。
思わず顔を上げると、友人――神尾来翔と、もうひとりの僕が笑顔でこちらを見つめてきていた。目が合う、思わず涙が零れそうになるけれど、ぐっと我慢する。
二人の口元が、優しく動いて。
そして、僕のずっと待ち望んでいた言葉を、二人の揃った声が、告げてくれた。
「久遠、迎えに来たよ」
こらえていた涙が溢れた。
「あっ、ありがとう……」
僕は両手で、差し出された来翔の右手と、もうひとりの僕の左手をとる。絶対に、間違えても離したりはしないと、強く握る。
「本当に……迎えに来てくれて、ありがとう……!」
心の底からの感謝の言葉を、ただひたすらに繰り返す。ありがとう、ありがとう。自分の都合で学校を嫌いになって、変な世界に行って、来てくれてる医者の先生も拒絶して、急に消えたりして。
そんな迷惑な僕を、助けに来てくれてありがとう。
迎えに来てくれてありがとう――――。
そのとき、僕ともうひとりの僕の身体が光り始めた。そんな様子を来翔は優しく見つめている。
これは、僕らを元の世界に導いてくれている光。
その眩しさに思わず目を瞑る。
耳元で来翔が囁いた。
「おかえり」
僕も小さく、でもはっきりと言った。
「ただいま」
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