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第一話 早坂さん、黄昏を楽しむ。
後輩と帰りの電車が一緒になると、早坂奈江は彼を避けるように次の電車が来るまでの時間をホームでやり過ごすようにしていた。
後輩は入社2年目の営業部の男の子。決して嫌いなわけではないのだが、彼の性格がほんの少し苦手だった。初対面の相手でも物怖じしない、人なつこい彼の明るさが奈江にはうるさすぎるからだ。
何も無神経に大きな声で話しかけてくるわけではないのだが、お昼にちょっと休憩室で顔を合わせる程度の関係なのに、よく通る清々しい声で気安く話しかけられると、周囲の視線が気になって仕方なかった。部署も違うのにどういう関係? と思われているような気がするからだ。
疲れて帰宅する電車の中では、なおさらだ。彼は集まる視線をまったく気にしないタイプだが、奈江は違う。もちろん、それは彼が悪いわけじゃない。ただちょっと、陽気な彼を受け入れる度量が自分にないだけだ。だから今日も、奈江は駅で彼の背中を見つけると、気づかれないようにそっと階段をまわり込み、柱のかげに身をひそめたのだ。
奈江の利用する横前駅は都心部の主要な駅で、次の電車といっても10分と待たずに来る。
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