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技術の多様性はドックを見学するもない。美子はコースを外れた。ドアノブを回すと高知造船界の闇が開く。
「わざわざ御大層な逃避行をどうも」
ナッパ服の男は機械油まみれのタオルで手を拭く。
「しまらない黒幕だ」と極造は零した。
「随分ですな!」
節くれた指が鍵盤を這い、蜂の様な環境音が消えた。赤い点がグーグルマップの外へ逃げていく。
「ドローン?」
美子はベランダに出た。
「手土産を持たせてお引取り頂いたよ」
男は別のモニタを数字で満たした。
「余計なことを!」
美子が青筋を立てた。
「これからの俳優は二階席も視なくちゃな」
男は飄々と返した。
「お前ら誰と戦ってんだよ?」
見かねた極造が間に入る。
「「юг」」
ユーク音楽出版抜きで演劇界は潰れると言われる。その女帝ことメイ南が紅夕青月の千秋楽に逝去。病死とされたがユークの圧政を恨む者は多い。メイの課した枕営業ノルマが箝口令とマスコミ対策を突き破り海外に流出した。
「で、そのUSB含めてアンタの仕業? 冗談じゃない。俺と店は関係ない」
「極造さんのお仲間はどうなる」
帰ろうとする彼に男が冷水を浴びせた。
「知るかよ。一本百億のブツは返した。まだ何か?」
極像は背中で返事する。
「その値段、おかしいと思わんか?」
「殺すぞ! 俺は店を開けなくちゃ」
そこで美子は吐息した。
「鈍い学者ね。お店も貴方も買われたのよ」
「何を言い出すんだ?」
「暴露ネタに百億も払うバカがいると思う?」
「いるだろう。ユークは2兆円企業だぞ」
極造は憤慨した。問題は金の動きだ。「だが俺は関係ない。莫迦莫迦しい」
踵を返すとモニタ越しに店長と出会った。
「極造。本当のことを言ってくれ」
看護師に羽交い絞めされている。
美子も呟いた。
「極造、次は難局から逃げるの?」
故買商の名前は鴉谷(からすだに)竜也といい、表向きは路地裏で古物を取引していた。元サイバー対策の専門家である強みで秘密の情報網を築いた。彼はもっと大きな金鉱に気付いた。仮想空間だ。
折しもJAXAが四国にそのデータ拠点を開設した。政府は首都分散の一環として四国に移住を促し量子コンピューターでDXに四国を丸ごとコピーした。
転勤者は仮想の東京と虚実を超えてアクセスできる。鴉谷は堅気に戻り四国の造船界に腰を据えた。
「何でまた?」
「四国沿岸の不法移民者対策は厳しい。特にゲノム検疫で感染者を弾いてる」
「もしかしてDXと?」
「そう特に漁に出てる船と通信ラグが生じる。虚実の更新がおいつかねぇ」
「なるほどな。税関の穴か。うちが仕入れてる魚が安すぎると思ったんだあ」
極造が床に足を投げ出した。
ZOOM越しに店長が鼻声で頼む。「極造、鴉谷さんに従うんだ」
「あんたが俺を勝手に売り込んだろうが! で俺を拾った恩義を回収ってか」
「そうでもしないと、店が」
店長は口ごもる。誰かの握りしめた権利書がズームインする。
「なるほど!」
極造は向き直る。「鴉谷さんよぉ。道頓堀界隈で百兆と言やぁ京セラドーム3個分だ。一体、誰が何を作ろうとしてるんだ?」
「やっと興味が沸いたか?」
竜也の口元が緩んだ。
「法善寺横丁を更地にするほどの開発。ユークでも尻込む」
「そうだね。観光資源をドブに捨てる愚行だ」
極造は口笛を吹いた。
「俺を買いたたく方がもっとアホやで」
「なんだとぅ?」
竜也が胸倉をつかんだ。
「千億、いや四千億。それで俺が持っている物を売ってやる」
「よ、四せ…大阪万博の規模じゃないか!」
鴉谷は目を見張った。
「ああ、俺抜きじゃそれも危うくなる。あんたの馘もな!」
極造はUSBを叩き置いた。
「美子さんの女優生命もだぞ?!」
竜也は動じない。
「万博も吹き飛ぶ、あんたはユークを強請って介入したかった」
「ああ。道頓堀はDXを凝らした副会場になる」
「だが暴露ネタを放流して地雷を踏んだ」
「うっ……」
「さっき披露してくれたあの数字な。俺は見覚えがあるんだ」
極造はにじり寄る。
「…」
「お前が使ってる暗号化ツールな。俺の研究室を襲ったランサムウェアだ」
「」
「俺は自力で復号したが観測データは流出したままだ」
竜也は脂汗をかいた。「な、何の話だ?」
極造はUSBのキャップを外し、口金を男の鼻腔にねじ込んだ。
「ダークウェブの道具屋を装ったユークの用心棒から知らずに買ったんだろ」
「イテテ。イエスだ」
竜也は白状した。
「ユークの連中は生データが欲しい。だから百億で俺をあぶり出せ。それで許してやるとお前を脅した」
「ひぃぃ。わ、wかっ!」
その時だった。
ガシャン!とディスプレイが割れた。
夥しい血が流れ、竜也は額に穴の開いたお面になっていた。
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